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野鉄砲の平穏なる日常
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DKLog.JP::Diaryあしあと

■ 2017/12/12 早々と今年最後の取材になる、なぜ?
■ 2017/12/11 日記を更新するのは5日ぶり、なぜ?
■ 2017/12/06 市ヶ谷を訪れるのは2年ぶり、なぜ?
■ 2017/12/05 カップめんを1週間も食べてない、なぜ?
■ 2017/12/04 会場に着いたら一気に緊張が走った、なぜ?
■ 2017/12/03 ご祝儀袋の書き方が分からない、なぜ?
■ 2017/12/02 缶ビール1本で飲むのをやめてしまった、なぜ?
■ 2017/12/01 わざわざ荷物を取りに戻ることになった、なぜ?

早々と今年最後の取材になる、なぜ?
火曜は午後からS新聞の依頼で高田馬場での取材でした。月曜も高田馬場での取材だったので2日連続の高田馬場。月曜は家と高田馬場を2往復したので、高田馬場ばかり行っている気分だな。なお、月曜に取材した原稿は終わっていないので、月曜は高田馬場その1、火曜は高田馬場その2になります。

そして、今日の高田馬場が今年最後の取材となる予定。もちろん取材は最後でもK新聞の追加の1ページやS新聞の新年号の制作があるので、仕事は年末ギリギリまであります。また、これから取材を依頼される可能性もあるわけで、高田馬場の取材を終えて帰ってきたら、K新聞から19日の取材依頼がメールで届いてましたが、19日はS新聞が動き出していると思って断りました。ということは、これから依頼があっても断る可能性が高いので、やっぱり火曜の高田馬場が今年最後の取材かな。

取材が終わってからは懇親会を兼ねての忘年会だったので、少しお酒を飲んでから帰宅。そのため帰ってからは仕事にならずに寝てしまい、午前1時、午前3時、午前5時と2時間おきに目が覚めて、完全に起きることができたのは午前7時。そろそろ年末最後の追い込みに入りますが、その前に高田馬場その1、高田馬場その2の原稿は終わらせておこう。




2017/12/12 (TUE)
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日記を更新するのは5日ぶり、なぜ?
5日も更新が空いたのはなぜじゃないよな。取材が無かった4日間の前半がグダグダすぎて日記を書くのもためらわれるぐらいのダメさ加減だったからでしょうよ。

というわけで木曜から日曜が取材の無い4日間。ここでS新聞の西千葉、新宿、高田馬場、関内の4つの原稿、そしてK新聞の市ヶ谷の原稿を終わらせるのが目標でした。しかし、木曜から土曜の3日間が超スローペース。週前半の取材で疲れていた木曜は仕方ないとはいえ、金曜と土曜はもう少しどうにかならなかったのか。

土曜までの時点で終わったのは西千葉の原稿のみ。このままではイカンと日曜にエンジンがかかって、新宿、高田馬場、関内とS新聞の原稿を一気に片付けました。この時点で日曜の夜8時。月曜の朝までに全部の原稿を片付けるのが目標だったので、12時間かけて市ヶ谷の原稿さえ終わらせれば、途中経過はどうあれ目標だけは達成できたのに、S新聞の原稿が終わったことで集中力が途切れた。月曜の明け方から頑張ったのに結局は終わらずに時間切れです。

そして月曜はS新聞の依頼で高田馬場で取材。これが朝9時からと聞いていたのですが、どう考えても朝9時は早すぎる。取材に行くのは、もう少し遅らせてもいいだろうと朝9時半に着くように家を出たら、電車が遅れていて着いたのは9時40分だった。それでも開会式が9時50分からだったので早すぎたわけで、朝9時に着いていたら1時間もやることがなくて困るところだった。

会場に着いてタイムスケジュールを確認したところで、終わるのは夕方5時になるけれど、ずっと取材に張り付いている必要が無いことが判明。途中の3時間ぐらいは会場を離れても問題ないので家に帰ることにしましたが、往復で2時間ぐらいかかるので昼食を食べに家に帰るようなもんだな。それでも家に帰れば色々と片付くことがあるので一時帰宅。その1時間後に再び高田馬場に向かいました。

帰ってきてから残っていた市ヶ谷の原稿を片付けようと思いつつ、取材の疲れから寝てしまい、火曜の明け方から原稿を進めて昼前に完成。これで残っているのは月曜に取材した高田馬場の原稿です。

そんなグダグダな日々でしたが、1週間ぶりのカップめんでトップバリューの天ぷらうどんを食べたのは土曜の明け方だったかな。一度、封印を破ると決壊してしまい、月曜の明け方にはマルちゃん「麺づくり みそ味」、火曜の明け方には「一平ちゃん 焼きうどん だし醤油味」をいただきました。麺づくりは明け方に食べて、昼に帰ってきたら部屋がみその匂いだった。月曜の夜はカップめんを食べる気がしなくて、これなら食べられるだろうと「焼きうどん」を買いましたが、食べたくもないのに食べられるものを探してまでカップめんを食すのもどうかと思う。

2017/12/11 (MON)
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市ヶ谷を訪れるのは2年ぶり、なぜ?
水曜はK新聞の依頼で市ヶ谷での取材でした。これまで毎年8月に市ヶ谷での取材があったので、年に1度は訪れる駅でしたが、今の担当さんは一人で市ヶ谷の原稿を片付けてしまうので、最後に市ヶ谷を訪れたのは2015年の夏かな。というわけで、ちょっと久しぶりの市ヶ谷駅。最も通過するだけなら頻繁に通ってるし、有楽町線に乗り換える機会も多いの駅自体は随分と利用していますが…

この市ヶ谷の取材は、お昼前に始まって昼過ぎには終わる短いもので、この3日間の5つの取材の中では最も楽なように思えますが、何が大変かってK新聞の依頼であることが大変。S新聞はいい加減なところがあって、それゆえに大変な目にあうことも多いけれど、K新聞は逆に細かいところまで厳しいので原稿をまとめるのが大変です。

というわけで市ヶ谷の取材が終わったことで今週の取材は終了。ここからS新聞の西千葉、新宿、高田馬場、関内の4つの原稿、そしてK新聞の市ヶ谷の原稿を終わらせねばなりません。昼過ぎには取材を終えて帰ってきましたが、その後は今週の取材の疲れが出て寝てしまい、夜中に目が覚めてから原稿を書こうと思ったのに、やはり朝まで寝てしまって木曜の昼に至ります。次の取材は来週の月曜の予定なので木曜から日曜の4日間で、この5つの原稿を片付けていきます。

2017/12/06 (WED)
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カップめんを1週間も食べてない、なぜ?
今週は5つの取材があって、5つそれぞれに大変な理由があるけれど、やっぱり一番大変なのは月曜の新宿の取材だったかな。火曜はS新聞の依頼で高田馬場の取材から始まりましたが、この取材の大変な理由は6時間の長丁場だということ。いや、4時間ぐらいで抜けてもいいんだけれど、この後も別の取材があって帰れないから途中で抜けても意味が無い。

この高田馬場の取材を午後4時に終えて、次は同じくS新聞の取材で横浜の関内へ。夕方6時半からの開始なので、関内に着いてからドトールで1時間ぐらいコーヒーを飲んでました。これがあるから高田馬場の取材を途中で抜け出しても意味が無かった。関内の取材が大変な理由は遠いのと夜遅くなるからですが、今週の5つの取材の中では内容的には一番楽かもしれません。

食事も出る取材なわけで、新宿の取材の時は緊張でご飯も喉を通りませんでしたが(いや、残さず全部食べたけどね)、今回は比較的のんびりとした時間を過ごすことができました。夜8時半に取材を終えて、関内駅から京浜東北線に乗って、横浜で東海道に乗り換えれば少しは早く帰れるのでしょうが、せっかく座れた京浜東北線を乗り換えるだけの気力は無かった。

家に帰ってきたのは夜10時過ぎだったかな。今日は撮影した画像を保存するぐらいの余力は残っていましたが原稿を書くだけの気力はなし。すでに水曜の朝になってから日記を更新しています。こうしてS新聞の原稿は西千葉、新宿、高田馬場、関内と4つもたまりましたが、水曜の取材を終えてからじっくりと片付けます。

最近はカップめんの記録を書いていませんが、サボっているのではなく食べていないのです。急ぎの原稿が無いから夜中に起きる必要がなく、遅い時間に夕食が出る取材が続いたので、夜中にカップめんを食べたくなるほど空腹にもなりませんでした。最後に食べたのが先週の水曜だから1週間は食べていないことになるな。

2017/12/05 (TUE)
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会場に着いたら一気に緊張が走った、なぜ?
土日は休んだところで週明けの月曜は午前中からS新聞の依頼で西千葉まで取材に行ってきました。1年に5〜6回ある西千葉での取材の一つです。今週は5つほど取材がありますが、西千葉はお決まりの取材なので5つの中では一番楽な取材になるのかな。

この西千葉の取材を昼過ぎに終えて、午後2時ぐらいに帰宅。夕方5時から次の取材が新宿であるので1時間半程の休憩となります。この時間を使って西千葉の取材の画像や録音データを保存するなど片付けるべきことを片付けました。できれば西千葉の原稿も書きたかったけれど、それだけの時間は無かった。

というわけで夕方から新宿での取材となりましたが、こちらはS新聞の社長の代わりでの取材。社長は同じ時刻で千葉の海浜幕張の方で取材しています。この新宿の取材のため日曜は祝儀袋を書いたりしたわけですが、受付でテーブルAと言われた瞬間にイヤな予感が走りました。

こうした場合、アルファベット順に偉い人が座るテーブルになっているというのがパターンです。社長の代わりの出席なので、その可能性はうっすらと頭にありましたが想像以上だった。今回の取材の主役や政治家の先生と同じテーブルだと分かった時はイヤな汗が流れました。

それよりも問題なのは、これだけ偉い人の席に座らされたということは来賓代表の挨拶の可能性があるということ。これならば1時間半の休憩の時にあいさつ文を考えてくるんだった。同じテーブルの人が次々と挨拶している間、社長からメッセージを預かってきたことにして、代読のメッセージをこそこそと書いていましたが、どうにか自分には回ってこないように祈ってました。

その結果、自分は挨拶する必要がないと分かって一気に気が抜けました。神も仏も信じないけれど、今回ばかりは挨拶が回ってこないように神に祈ったよ。お祝いの席だったので酒も出ましたが、今回は安心感から少し飲んだだけで頭がボーっとしてしまった。

もちろん取材するべきことは、ちゃんと取材してから帰宅。しかし、帰ってきてからいつの間に眠ってしまったのか記憶がありません。夜中に目が覚めたらデジカメの画像も保存しないまま放置していた。というわけで夜中に色々と片付けて、明け方に再び眠りに落ちて火曜の朝に至ります。火曜も2つ連続の取材なわけで今週は前半が色々と大変です。

2017/12/04 (MON)
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ご祝儀袋の書き方が分からない、なぜ?
土日は休みだったけれど、土曜日はほとんど睡眠で費やしてしまったので、日曜に一気に雑事を片付けることになりました。雑事と言えばほとんど月に1度になっているコインランドリーでの洗濯。洗濯と乾燥の2工程でコインランドリーを2往復するから大変だ。以前はコインランドリーがアパートの目の前だったから楽だったけれど、今は徒歩5分の場所にあるからつらい。

そして、何気にコインランドリーよりも大変だったのは、月曜の取材で渡すご祝儀の名前書き。滅多に祝儀袋を書くことなんて無いから、筆ペンを買ってきたり、数字の旧字体をネットで調べたりして大変だ。調べなかったら袋の表に自分の名前ではなく相手の名前を書くところだった。

こうして諸々の雑事が片付いたのは夜9時頃。2日間の休みがあっても1日目は体力回復、2日目は雑用片付けで終わるから、3連休でも無い限り趣味に費やす時間がない。それでも2日間かけて、この1ヶ月でボロボロになった態勢を整え直すことができました。週明けからは怒涛の年末スケジュールに突入するので、気が付いたら2017年が終わっていることになりかねない。

2017/12/03 (SUN)
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缶ビール1本で飲むのをやめてしまった、なぜ?
さて、金曜に無事に新聞が完成して土曜日はお休み。いつもなら、S新聞の完成と同時にK新聞が動き出すので休みになりませんが、K新聞の12月号が休刊となるので、珍しく一息つくことができます。月曜には取材があるので土日だけの休みですが、気力と体力を回復してまいります。

土曜日のうちに片付けたいことは山ほどあったのに体が思うように動かない。金曜の制作とお通夜で残っていた力はすべて出し尽くしました。土曜にできたことといえば、消えるボールペンを買ってきたのと、まんが喫茶で読めなかったマンガをチェックしたぐらいかな。1日発売の近代麻雀がコンビニで読めなかったので、それを読みたかったというのがあります。ちなみにお目当ては、最終回まであと3回となったアカギです。

まんが喫茶から帰ってきて、少し早目の夕食で夕方5時ぐらいにビールを飲んだら、そのまま眠りに落ちました。缶ビールを2本ぐらい飲んでもいいと思っていましたが、1本目を飲み終えた時には、すでに眠りに落ちていました。

次に目が覚めたのは、ちょうど日付が変わるあたり。7時間も寝たので、今夜は寝なくても大丈夫かなと思ったら、すぐに二度寝してしまったようで、次に目が覚めたのは朝の5時。これから色々と片付けるかと思い立ったのに三度寝してしまって、やっと朝9時に起きることができました。

途中で目が覚めたりしたものの、16時間も眠って完全に回復。そこから、やっと次に出す新聞に向けた整理や月曜の取材の準備を終えて日曜の昼になったところで日記を更新。せっかくの土日の休みなのに、体力を回復させて片付けるべきことを片付けたら終わってしまうな。

2017/12/02 (SAT)
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わざわざ荷物を取りに戻ることになった、なぜ?
12月の日記のタイトルですがNHK Eテレで放送されている5分アニメ「あはれ!名作くん」から。最近ハマってネットで見ています。サブタイトルからではなく、毎回出されているお題から「○○○○、なぜ」で統一していきます。

さて、木曜に新聞が完成しなかったので金曜も印刷所での校正になりますが、ここで一つ問題があります。それはS新聞の社長から、仕事の関係者のお通夜に顔を出してほしいと頼まれたこと。社長は別の取材があって行けないので、その代わりです。お通夜が夕方6時からなので、5時までに新聞を完成させるというタイムリミットが生じました。

なお、お通夜を依頼されたのは木曜の夜。黒いネクタイや数珠は持っているけれど、紺のスーツしかないな。S新聞の社長はそれでも大丈夫と言っていたけれど、心配なので実家に電話して確認しました。母親からも大丈夫と言われて安心しましたが、それよりもお通夜といえば、近所の友人のお母さんが亡くなられて、こっちも金曜がお通夜というのが驚きだった。

お通夜の会場に印刷所から行ける準備をして出かけて、夕方までに終わるように必死で作業を進めて、色々とありながらも午後4時ぐらいに新聞は完成。そして、ここで問題なのは荷物をどうするかです。取材バッグと校正で使った資料で大量の荷物があるわけで、この荷物を持ったまま、お通夜の会場に行くわけにはいきません。最寄りの駅は銀座線の田原町ですが、駅にコインロッカーが無いことはネットで確認済みです。

4時ならば家に帰って荷物をおいてから出かけることも可能ですが、新聞が完成してから印刷が始まるまで念のため待機することにしています。念のための待機なので帰っても大丈夫かなと思いつつ、やはり不安なので印刷所に残ることにしました。これで家に帰ることはできなくなりましたが、少し早めに出て、途中の神田駅のロッカーを使えば印刷所に戻る必要がなくなると思いつきました。

ところが4時20分ぐらいに、日付と曜日がズレている記事があると印刷する前に印刷所の人から指摘がありました。曜日か日付のどちらかを間違えたか、やっぱり残って正解だったなと思いつつ確認してみたら、載っているのは1年前の情報だったことが発覚。社長から受け取った資料が1年前のものだった。どうして、そんな古い資料が紛れ込んだのか分かりませんが、急いで記事を差し替える必要があります。差し替えの記事を5分で書き上げましたが、この新しく入稿した記事を校正しなければいけないので色々と絶望的です。

お通夜に出るまでに完成するのは絶対に無理かと思いきや5分前に完成に至りました。しかし、荷物を途中の駅で預ける余裕がなさそうだ。仕方なく印刷所に荷物を置いたまま、お通夜に向かいました。最近は葬儀に顔を出す機会も増えましたが、仕事のからみで一度も顔を合わせたことも無い人の通夜に出席したのは20年ぶりぐらいだ。慣れないことなので緊張しましたが、1時間で終えて夜7時に式場を後にしました。

このお通夜の式場から家に帰れば電車で20分なので夜7時半には帰れるのに、印刷所まで荷物を取りに戻ると往復2時間の道のりとなります。再び印刷所に着いたのは夜8時ぐらいですが、慌てて飛び出したので帰る前にバラバラになっている資料を整理する必要があります。途中で夕食を済ませたりしたので家に着いたのは夜9時半でした。

片付けたいことは山ほどありますが、あまりにも疲れて気力でない。どうやらすぐに眠ってしまったようで目が覚めたのは午前5時ぐらい。一眠りしたことで、ようやく気力が回復しました。急ぎの仕事はありませんが、次の号の準備など色々と雑事を片付けることにします。それにしても日記が長いな。

2017/12/01 (FRI)
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Writer: 野鉄砲