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野鉄砲の平穏なる日常
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DKLog.JP::Diaryあしあと

■ 2018/05/24 蛍光灯にも限界の時が訪れるのである
■ 2018/05/21 夕方4時であろうが朝食なのである
■ 2018/05/20 頑張っても終わらないものは終わらないのである
■ 2018/05/20 リスト作成10周年企画 第13回 海外女優部門
■ 2018/05/18 リスト作成10周年企画 第12回 海外男優部門
■ 2018/05/16 ようやく原稿が完成したのである
■ 2018/05/15 非常に疲れる一日となったのである
■ 2018/05/14 ついにプリンタが動かなくなったのである
■ 2018/05/12 久しぶりの学食はうまいのである
■ 2018/05/11 リスト作成10周年企画 第11回 特撮俳優部門
■ 2018/05/10 リスト作成10周年企画 第10回 国内女優部門
■ 2018/05/09 やっと仕事が一段落したのである
■ 2018/05/07 リスト作成10周年企画 第9回 国内男優部門
■ 2018/05/06 ふくらはぎの痛みの原因が分かったのである
■ 2018/05/05 不思議な縁というのがあったのである
■ 2018/05/04 小田原城の歴史を垣間見たのである
■ 2018/05/03 結婚したら真っ暗闇だったのである
■ 2018/05/02 高校の先生が残っていたのである
■ 2018/05/01 今日から5月になったのである

蛍光灯にも限界の時が訪れるのである
かなり忙しくて珍しく日記が3日間も空きました。というわけで火曜から木曜の3日間をまとめて報告します。火曜と水曜は取材の無い2日でしたが、前回の日記を更新したのが火曜の午後2時。その後は力尽きてグダグダ。ここで、ほとんど追加の1ページ分が進まなかったのが後になって響いてきます。

追加の1ページ分の24本の原稿のうち、火曜に終わったのは2本だけ。そこで遅れを取り戻すべく水曜はひたすら追加の1ページ分を進め、徹夜に近い状態となってしまいましたが、木曜の朝の段階で21本が終わって残り3本。1本につき30分かかるので、あと1時間半もあれば終わるのに、木曜は取材が入っているので、ここまでです。

というわけで木曜は午前中からS新聞の依頼で代々木での取材。12時までかかる予定が11時には終わって、早々と家に帰ってきたところで追加の1ページ分で残っていた3本の原稿に着手。だが、この3本の原稿を書いただけでは追加の1ページ分は終わらない。電話取材で確認をとる必要もあるし、完成した原稿を送る前に見直す必要もあります。それがどうにか完成したのは夕方5時でした。

こうして苦労した追加の1ページ分が終わったところで、木曜の2つ目の取材でS新聞の依頼で大手町へ。この取材の予定が入っていたので、あせって追加の1ページ分を進めていたわけです。出かける前に完成して原稿を送ることができて良かったです。大手町の取材は午後6時半からでしたが、救いなのは夜8時までの1時間半で短いこと。そして大手町ならば移動に時間をとられないことです。

大手町の取材を終えて帰ってきたのは夜9時ぐらいでしたが、いつの間に眠ってしまったんだろう。おそらく夜11時には眠っていたはず。目覚ましもかけていなかったので危なかったですが朝5時前に目が覚めて、こうして3日分の日記を更新しています。これでK新聞の原稿は片付きましたが、S新聞の依頼で取材した、西千葉、代々木その1、代々木その2、大手町の4本の原稿を抱えている状態です。

そんな3日間の仕事をダラダラと書き連ねましたが、この期間に自宅で起こったエピソードを書いていきましょう。まず、蛍光灯の電気が切れかけてチカチカ光っているので、ヒモを引っ張ったらヒモが動かなくなった。この蛍光灯は前のアパートを取り壊す時に、そのまま持ってきたものです。5年ぐらい前にもヒモが動かなくなり、電気屋さんのアドバイスでクレ556を吹きかけたら動くようになりましたが、今度はクレ556をかけても動かない。蛍光灯が片方だけ点く状態で動かなくなったので、そのまま使い続けています。今回、蛍光管が切れたタイミングでヒモが動かなくなったけれど偶然ではなく、いつもスイッチで蛍光灯をつけたり消したりしているので、ヒモを引っ張ることがない。とっくに限界がきていたのが、久しぶりにヒモを引っ張って発覚したんだな、

火曜に雑誌のイブニングを買ったら、「いとしのムーコ」のモデルとなっている人の個展の情報が載っている。東京で開催されるので、どこでやるのかと思ったら自宅から徒歩で2分ぐらいの場所だ。近いにも程があるぐらいの距離で、そんなに近いならばと個展会場の前までいきましたが、ガラス工芸の展示ということもあり来場者が女性ばかりで足を踏み入れる勇気がなかった。

水曜の明け方はトップバリューのきつねうどん、木曜の明け方は明星の「のりたま 焼きうどん」を食べてしまった。今年の初めからやめていた汁なしカップめんの封印をついにやぶってしまった。焼きそばじゃなくて、焼うどんだからいいだろうと甘い考えが出てしまいました。追加の1ページ分を完成させるためムチャをしたので、完全に生活のペースが乱れました。血圧は上が171・下が120。うーん、やはり生活が乱れた影響が血圧にも出ているな。




2018/05/24 (THU)
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夕方4時であろうが朝食なのである
月曜はS新聞の依頼で午前中は代々木での取材。総武線が遅れているとの情報が入ったので少し早目に家を出ました。電車は15分ほど遅れていたようですが、実際には予定よりも5分早い電車に乗り、秋葉原に着く頃には予定の時刻。用心のために御茶ノ水で快速に乗り換えたら、四ツ谷で一つ前の各停に追いつきましたが、少し早く着いてしまったので、そこまで急ぐ必要はなかった。

午後から西千葉での取材があるので途中で抜け出して移動。10時半に抜け出した時点で十分に記事を書ける状態ですが、もう少し話が聞けると思ったのに進み具合が遅かった。50点以上ならば赤点にならないと聞かされていて、余裕で80点以上とれるだろうと思っていたら60点だったような心境です。

1時間の総武線の移動は貴重な休息時間となりますが、ギリギリでの移動なので昼食をとる時間がなかった。こうなると思ったので、昨日の日記に書いたように明け方の時点で「麺職人」を食べたわけですが…。午後3時ぐらいに終わるだろうと思いきや、ちょっと長引いて午後4時に終了。夕方になってから、朝ごはんを食べるという事態に。午後5時ぐらいに帰ってきて色々と片付けているうちに眠ってしまったらしい。

前日にほとんど寝ていなかったこともあり朝までグッスリと眠ってしまった。起きてから原稿に取り掛かり、残っていた浜松町の原稿が終わって火曜の午後2時になってから日記を更新。取材したばかりの代々木と西千葉の原稿が残っているわけですが、ここでK新聞の追加の1ページ分を進めていかないとヤバい。火曜と水曜に取材が入っていないのが救いですが、かなり遅れ気味なので挽回していかなくては。

2018/05/21 (MON)
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頑張っても終わらないものは終わらないのである
とりあえず現状報告だけの日曜の日記を更新。日曜の昼ぐらいにS新聞の依頼で取材した天王洲アイルの原稿が完成したところまでは昨日の日記で書きました。そこから残っている3つの原稿を一気に終わらせようと思いましたが、東京ビッグサイトと代々木の原稿は終わったものの浜松町の原稿が月曜の朝までに終わりませんでした。

月曜も午前中から取材なので、ここで日記の更新となりますが浜松町の原稿が残ったのは痛かった。締切りまでは余裕がありますが、ここで月曜に取材する原稿が上積みされるので、それまでに先週に取材した原稿は全部終わらせておきたかった。

そして問題なのがK新聞の追加の1ページ分です。こっちの方が締切が近いので、残っている浜松町の原稿は先に終わらせるけれど、月曜に取材した原稿は後回しかな。ちなみに追加の1ページ分はいつもより多めの24本(いつもは16本ぐらい)。全体の分量は変わらないので、1本の原稿が短くなるわけで、それほど労力は変わりませんが、やはり本数が多いと色々と面倒なので、いつもより苦戦することが予想されます。

そんなわけで10周年企画を書いている時間はないので現状報告のみで終了。なお、月曜の明け方に空腹にたえかねて「麺職人 みそ味」を食べてしまいました。バナナや雑炊で我慢する時もあるけれど、やはり一晩がんばるとなるとガッツリ食べてしまう。

2018/05/20 (SUN)
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リスト作成10周年企画 第13回 海外女優部門
とりあえず金曜と土曜の日記を更新しておきますが、基本的には自宅で原稿を書き続けるのみ。S新聞の原稿で西千葉と天王洲アイルの原稿は完成しましたが、日曜の午後の時点でこのペースは遅すぎる。まだ、浜松町、東京ビッグサイト、代々木の原稿が残っていますが、残り1つぐらいにはなってないとダメだろう。それと土曜にはK新聞から追加の1ページ分が届いたわけで、これがあるからS新聞の原稿を早く終わらせる必要がある。

とりあえず存命人物リスト作成10周年企画の第13回目で海外女優部門です。リスト作成時の最高齢者は1974年のオリエント急行殺人事件の登場人物の一人であるローレン・バコールでしたが、リストを作成してからしばらく後、オリヴィア・デ・ハヴィランドジョーン・フォンティンの姉妹が存命と知り、ローレン・バコールは3位となりました。

その後、姉妹のうち妹のジョーン・フォーティンは2013年、ローレン・バコールは2014年に亡くなり、1916年生まれで貴重な1910年代生まれのオリヴィア・デ・ハヴィランドが圧倒的トップを誇っています。彼女は1939年に作られた「風と共に去りぬ」に出演していますが79年前の映画の出演者が存命というのもすごい話です。

この10年間で亡くなられた海外女優は7名。そのうち2名の名前を出しましたが、その他の5名はファラ・フォーセット、エリザベス・テイラー、ジュリー・ハリス、シャーリー・テンプル、キャリー・フィッシャー。元々、海外女優部門は人数が少なかったので亡くなられたか方も少ないです。エリザベス・テイラーが亡くなられた時は大物女優が亡くなったと思ったものです。シャーリー・テンプルは戦前から活躍していた名子役、キャリー・フィッシャーはスターウォーズのレイア姫です。

現在の海外女優部門は全部で34名。2位はジェシカおばさんを演じた1925年生まれのアンジェラ・ラズベリーで途中からリストに加えた方です。アンジェラ・ラズベリーはナイル殺人事件でアガサ・クリスティを彷彿とさせる登場人物を演じるなどミステリーに縁のある女優さんです。リストの後ろの方に名前が並んでいるフィービー・ケイツ、ジェニファー・ビールス、ブルック・シールズ、ソフィー・マルソーは自分よりも少し年上ですが、きれいなお姉さん女優といった感じで印象に残ってますね。次回は国内男性歌手部門となります。

2018/05/20 (SUN)
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リスト作成10周年企画 第12回 海外男優部門
木曜の朝に埼玉大学の原稿を完成させて、そこからS新聞の5つの原稿を進めると前回の日記で書いたのに全く進んでいない。さすがに面目が立たないので、この5つの原稿で使用する画像を選択して保存することだけは終わらせて日記を更新しています。さて、これで画像の保存は終わったので原稿を書くだけだ。

というわけで木曜は書くべきこともないので、存命人物リスト作成10周年企画の第12回目で海外男優部門です。この10年間で最高齢者が変わっていない部門があることを海外映画監督部門の時に書きましたが、その一つが海外男優部門です。リストを作成した10年前から現在に至るまで最高齢の海外男優は1916年生まれのカーク・ダグラス。リスト内の数少ない1910年代生まれでもあります。浦沢直樹の「BILLY BAT」にも名前が出てくる俳優で、64年前に作られた「海底2万里」の主人公を演じた俳優が存命というのもすごい話です。

この10年間で亡くなられた海外男優は11名。それほど大きな変動のなかった部門であります。ただし、カーク・ダグラスに続いて年齢順で2位だった1922年生まれの吸血鬼俳優ことクリストファー・リーが亡くなられたので、1位のカーク・ダグラスと現在2位のクリストファー・プラマーが13歳も歳の差が離れてしまった。

10年間で亡くなられた方としては、ポール・ニューマンを筆頭に、刑事コロンボことピーター・フォーク、後年は色々と悪役を演じたデニス・ホッパー、アラビアのロレンスのピーター・オトゥール、ミスター・スポックことレナード・ニモイ、スネイプ先生ことアラン・リックマン、3代目ジェームス・ボンドことロジャー・ムーアなどがいます。

現在リストに入っている海外男優は73名。1位カーク・ダグラス、2位クリストファー・プラマーは書きましたが、そこから3位ジーン・ハックマン、4位クリント・イーストウッド、5位ショーン・コネリーと1930年生まれの名優が並んでいるのが興味深い。次回は海外女優部門となります。

2018/05/18 (FRI)
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ようやく原稿が完成したのである
水曜の朝だけれど埼玉大学の原稿を書こうと思ったのに、またウトウトしてはハッと起きるの繰り返しで、火曜の朝と同じパターンを歩んでしまった。どうにも昼間の取材がハードすぎて夜は疲れて原稿が進まない。

というわけで水曜になっても埼玉大学の原稿が完成しない状態で、東京ビッグサイトの取材に出発。火曜の夕方に1時間半ほどビッグサイトで取材しましたが、それだけでは足りなかったので、その補足として2日連続のビッグサイトです。今日はゆりかもめを使ったので久しぶりにユニコーンガンダムを見ました。

午後からは別の取材が入っているので、正午でビッグサイトを後にして代々木に移動。国際展示場駅からりんかい線で乗り換えなしで渋谷まで移動して、そこから山手線で代々木です。国際展示場から渋谷まで乗り換えなしで行けるとは便利な時代になったものです。まあ、渋谷での乗り換えが、かなり歩くので面倒ではあるのですが…

こうして水曜はビッグサイトと代々木の原稿を終えて帰宅。帰ってからもグッタリで一眠りして、木曜の明け方から埼玉大学の原稿に着手。今回は睡魔に襲われることなく埼玉大学の原稿は完成。こうして埼玉大学の原稿は完成しましたが、気が付いたらS新聞の原稿は西千葉、浜松町、天王洲アイル、ビッグサイト、代々木と5つもたまっているではないですか。

水曜の明け方は雑炊で我慢したものの、木曜の明け方は「緑のたぬき」を食べてしまいました。埼玉大学の原稿に苦戦したことでカップめんの食事回数を無駄に増やしてしまいました。血圧は3回測って1回目は上が168・下が118 2回目は上が159・下が112、3回目は上が171・下が114。微妙に変動しているけれど、まあこんなところかな。

2018/05/16 (WED)
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非常に疲れる一日となったのである
火曜は非常に疲れた一日となりました。まずは明け方に「どん兵衛 鴨だしそば」を食べてしまったことを報告しておきましょう。そこから埼玉大学の原稿を完成させる予定が、原稿を書こうとすると眠ってしまうの繰り返しでほとんど進まなかった。月曜の朝の段階で終わりが見えていたのに、そこから先が長い道のりだ。

とにかく取材に出かける時間となったので完成はおあずけというわけで、午前中はS新聞の依頼で浜松町での取材。この取材は夕方までのイベントですが、午後からは別の取材が入っているので、午前中で切り上げて次の取材先である天王洲アイルへ移動。そうです、浜松町から天王洲アイルなのでモノレールで一駅です。

天王洲アイルの取材が終わったところで、今日の3つ目の取材で東京ビッグサイトへ。東京ビッグサイトで14日から16日まで行われているイベントの取材ですが、14日は西千葉の取材と重なったので断念。16日に1日かけて取材する予定でしたが、16日の午後に取材が入ってしまい、午前中だけでは取材が終わらないと思って、15日の夕方に取材しておこうと思った次第です。天王洲アイルからビッグサイトはりんかい線であっという間。1日に3つの取材は大変ですが、浜松町、天王洲アイル、国際展示場と電車の移動は非常に楽です。

こうして3つの取材を終えましたが、ビッグサイトを取材している途中から、歩き回ったせいで足が痛い。早く帰って休みたいところですがプリンタを買い替えるという作業が残っている。さすがにプリンタの購入は明日にしようかと思いましたが、プリンタを使えないという状態が不安で仕方が叶い。そこでビッグサイトからりんかい線で新木場まで移動して、そこからバスで錦糸町まで移動するというルートでヨドバシカメラでプリンタを買うことにしました。これだとバスでの40分の移動の間に座って足を休めることができます。

もはや店内を見て回る気力もないので、これまで使っていたプリンタの後継機種を即座に購入。インクもUSBケーブルも同じものを継続して使用することができます。さて、問題は買ったプリンタをどうやって持って帰るかだ。すでに帰宅ラッシュが始まっているので、でっかいプリンタを抱えて電車に乗るのには抵抗がある。それならば歩いて帰るかと帰路に着きましたが、やっぱり無理だなとあっという間に断念してタクシーを使いました。大通りでタクシーを降りてから自宅まで歩くのも大変だったので、いずれにしても錦糸町から歩いて帰るのは無理だった。

あまりにも足が疲れたので、家に着いたところでダウンして動く気力もなし。3時間の休憩を経て、やっとプリンタの接続が完了しました。そこから、昨日のうちに印刷しておきたかったものを印刷したりして、ようやくやるべきことが片付いた午前2時になったところで日記を更新しています。さて、問題は終わらない埼玉大学の原稿だが、これから気力を振り絞るか、それとも一眠りするか…と、ここまで書いたところで眠ってしまった。朝5時に目が覚めたので日記を更新。まずは頑張って埼玉大学の原稿を何とかせねば。

2018/05/15 (TUE)
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ついにプリンタが動かなくなったのである
ここで日記を更新しておかないと、火曜も更新できなくなりそうなので、まずは日曜と月曜の日記を更新。まず日曜は土曜に取材した埼玉大学の原稿を進めました。できれば日曜のうちに完成させたかったものの残念ながら月曜の朝までには完成せず。せめて完成が見えるところまでは進めるという目標だけは達成しましたが完成は持越しです。

そして月曜は午前中からS新聞の依頼で西千葉での取材。いつも西千葉の取材は午前中で終わりますが、今日は1日がかりの取材。去年も同じ内容の取材があって、何が問題かというと取材の途中で空き時間が何回かあるということ。去年は空き時間に駅周辺を散策したりして時間をつぶしましたが、今回は知り合いのライターさんも取材に来ていたので、空き時間には雑談をしたりして時間をつぶし、最も長い空き時間は2人で昼食に席を外したたりして、去年よりは楽に取材を終えることができました。

こうして取材を終えて帰ってきたのは夕方6時のこと。画像の保存など急いで片付けるべきことは、すぐに終わらせましたが、前日にほとんど寝ていないこともあって夜9時ぐらいには睡魔に勝てずに眠りに落ちました。午前1時半に目が覚めたものの起きることができず、1時間後の午前2時半にやっと覚醒。これから完成しなかった埼玉大学の原稿を進めていきます。

そして起きてから気付きましたが、プリンタのインク吸収体が満タンとなって動かなくなっていました。前のプリンタも警告が出てから1ヶ月で動かなくなったので、今回もそろそろ危ないだろうとは思っていました。もちろんインク吸収体を交換すれば動くようになりますが、交換すると時間もかかるし、新しいプリンタを買った方が安いというのも2年前にプリンタを買い替えた時に思った矛盾です。今回は動かなくなる前に新しいプリンタを買っておこうかと思ったのにグズグズしているうちに動かなくなってしまった。とにかく新しいプリンタを買うことが最優先事項だ。

とかいっているうちに午前3時半を過ぎてしまったな。火曜も取材がたてこんでいるので朝9時に家を出るとすると、あと5時間半か。埼玉大学の原稿が完成するかどうかはギリギリのところですな。月曜の明け方はトップバリューのカレーヌードルを食べてしまったわけで、今日もこれから原稿を書くとなるとカップめんを食べる可能性が濃厚だ。

2018/05/14 (MON)
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久しぶりの学食はうまいのである
土曜日はK新聞の依頼で埼玉大学での取材でした。午前10時からの取材なので家を朝8時半には出発。途中、バスでの移動があるため少し早目に行動する必要があります。最寄駅は北浦和駅ですが、この駅はS新聞の取材で5年ぐらい前に一度だけ利用したことがある駅ですね。北浦和駅を出てバスを待っている時、本当にこのバス停でいいのかという不安からかお腹が痛くなりましたがバス停を離れてトイレに行くわけにもいかず、久しぶりにトイレを我慢するという体験をしました。

取材は午前10時から午後3時までの5時間の少し長めの取材ですが、時々ある朝から夕方までの7時間取材に比べれば楽なものです。取材を終えて夕方のうちに帰ってこられるのは少し気が楽です。お昼は学食でカレーをいただきましたが、普通の人は社会人になってから学食を食べる機会なんてないんだろうな。まあ、自分も数年に1度しか学食を利用する機会はありませんが…。学食は安いので中には大学の近くに住んで学生と一緒に食べている社会人もいるかも知れませんが、それはまた別の話です。

取材自体は無事に終わって帰路へ。ウォーキングとして埼玉大学から北浦和駅まで歩いて帰ってきました。バスで15分だったので歩けない距離ではありません。道も一本道なので迷うこともありません。革靴だったせいか思ったよりも長く感じましたが40分程度のウォーキングで北浦和駅に到着。これからの季節は暑くなるので、それほどウォーキングはできなくなるかもしれません。

取材を終えて無事に帰ってきましたが、ゴールデンウィーク前から続く肩こりで軽く頭痛がしたので早めにお風呂に入り、取材で撮影した画像や音声データだけ整理して早めに就寝。日曜の朝までグッスリと眠りこんでしまいました。というわけで現在、抱えているのは埼玉大学の原稿のみ。締切りは18日ぐらいですが、月曜から一気に忙しくなるので日曜のうちに完成、もしくは完成に近い状態にまで持っていきたいところです。血圧は上が159・下が112。また下がってきたけれど問題はここから先だ。

2018/05/12 (SAT)
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リスト作成10周年企画 第11回 特撮俳優部門
金曜は完全に休みだったけれど平日に全くやることが無いというのも落ち着かないな。いや、やることがないのなら年末から先延ばしにしている大掃除をやるべきだったのだが…。というわけで土曜日は東京駅取材の時ほどではないにしろ朝が早いので日記を更新。まず、昨日の日記で書き忘れましたが、買い置きしておいたスーパーカップの鶏南蛮そばを食べてしまった。スーパーカップはあまり好きではないのでストッパーにしていたのに空腹に勝てなかった。そして初めてのスーパーカップのそばだったけれど、やっぱりおいしくなかった。

さて、そんな一日だったので存命人物リスト作成10周年企画の第11回目で特撮俳優部門です。リストを作った際に国内男優部門の人数が多すぎるのは、特撮関係の俳優が多いからだと気づいて、改めて作ったのが特撮俳優部門。ちなみに特撮関係の女優さんも一緒に入っています。とはいうものの普通の俳優と特撮関係の俳優を、どこで線引きするかは難しいところ。藤岡弘、などは普通のドラマにも出ているのに歴代ライダーは特撮俳優というルールに則って特撮俳優部門に入れてます。それでいて宝田明は普通の男優部門に入れてるんだよな。

この10年で亡くなられた特撮俳優は9人。他の部門に比べると亡くなられた方が少ないのは良いのですが、この9人のうちゴジラの中の人である中島春雄さんと大魔神の中の人である橋本力さんが2017年に亡くなられてしまったのが残念。物故者が少ない理由は、特撮が戦後から作られたもので、特にテレビは昭和30年代後半からなので他の部門よりも平均年齢が若いんだな。

リスト作成時の最高齢者は1927年生まで、やはり2017年に亡くなられたガス人間こと土屋嘉男さん。いや、土屋さんは黒澤映画にも数多く出ているし普通の俳優に入れるべきなのではという気もするのですが…。そいて土屋さんが亡くなられた以降は、ミステラー星人というかミラーマンの編集長である村上不二夫氏が1928年生まれで最高齢です。次はスカイライダーのネオショッカー幹部の魔人提督を演じた中庸助さんで1930年生まれです。

物故者が9名のうち3人の名前は出したので、残り6人も挙げておきましょう。スペクトルマンの成川哲夫さん、キカイダー01の池田駿介さん、仮面ライダーストロンガーの荒木しげるさん、ダイバダッタの井上昭文さん、ウルトラセブンの中の人である上西弘次さん、マッハバロンの発明刑事こと深江章喜さんです。次回は海外男優部門となります。

2018/05/11 (FRI)
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リスト作成10周年企画 第10回 国内女優部門
東京駅の原稿が完成したのが木曜の午後だったから、それほど木曜は書くことが無いのだが、ちょっと余談。ブックオフで歌野晶午「密室殺人ゲーム・マニアックス」を見つけたけれど、すでに読んだ本かどうか思い出せない。密室殺人ゲームシリーズの3作目で、1作目と2作目は読んだけれど、果たして3作目を読んだのかどうか。自分としては読んだ気もするのだが、冒頭部分を少し読んでも全く覚えがない。高い本ではないので、まあいいかと思って買ってきて3時間で一気に読み切ってしまった。その結果、全く読んだ覚えは無かったけれど、何が怖いかって実家に帰ったら本が買ってあることだな。かなり斬新なトリックで読んだら絶対に忘れないような内容なのに、これで読んだことがあったら重症だな。

これで終わりにしても良いけれど、物足りないから存命人物リスト作成10周年企画の第10回目で国内女優部門だ。国内女優の存命者を振り返った時に忘れてはならないのが1920年生まれの原節子さんの存在。往年の名女優で存命ということになっていましたが、その死が伏せられているだけで、すでに物故者ではないかと思っていました。その訃報が報じられたのは2015年9月のこと。それまで存命で表舞台に出なかっただけでした。

この10年間で亡くなられた国内女優は27名。リスト作成時の最高齢者は1908年生まれの長岡輝子さん。おしんをいじめた役で知られ、国内女優に限らず死去当時は日本の女性芸能人の最高齢者でした。リストを作成する前は「大誘拐」のおばあちゃん(となりのトトロのおばあちゃんの方が有名か)である北林谷栄さんが最高齢だと思っていたんですけどね。

長岡輝子さん亡き後は、李香蘭こと山口淑子さん、森光子さん、原節子さんがベスト3でした。この3人が亡くなられてからはケンちゃんシリーズのおばあちゃんを演じた風見章子さん、一和高麗人参茶の月丘夢路さんと最高齢者が移り変わって、今では金八先生の校長先生というか「渡る世間は鬼ばかり」の鬼姑を演じた赤木春恵さんが1924年生まれで最高齢です。ちなみに2位は黒蜥蜴こと京マチ子さんです。

それ以外には「カルメン故郷に帰る」の高峰秀子さん、フーテンの寅さんのおばちゃんを演じた三崎千恵子さん、必殺シリーズでおなじみの山田五十鈴さんなど大女優と呼ばれる人が鬼籍に入られました。一方、大原麗子さん、早乙女愛さん、田中好子さん、坂口良子さん、川島なお美さんなど若くして亡くなられた女優さんが多いのも悔やまれる。次回は特撮俳優部門となります。

2018/05/10 (THU)
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やっと仕事が一段落したのである
また、少し日記の感覚を開けてしまいました。というわけで、すでに木曜の午後ですが火曜と水曜の日記を更新します。火曜はゴールデンウィーク明けの初仕事となりますが、朝7時から東京駅での取材となります。こういう時、東京駅が近くて良かったと思う。最寄駅から東京駅まで11分。自宅から最寄駅まで徒歩7〜8分なので20分あれば東京駅に着きます。それでも6時半ぐらいに家を出なければいけませんが…

寝過ごさなかった時点で、この取材は無事に終わったようなもの。朝8時半には取材を終えて、朝9時には家に帰ってきて、この日の仕事は終了です。そして、この東京駅の原稿を書き続けて、水曜の午後に完成したところで日記を更新しています。次の取材は土曜なので、ここで1日半のお休み。土曜の取材依頼が無かったら連休が終わったばかりで4連休になるところだった。

ちょっと、これからの取材準備などやることも残っていますが、ここから先は余談。リスト作成10周年企画はまたにして、それと少し関連して1910年代生まれの著名人について。先日、作曲家の木下忠司先生が亡くなられたことで1910年代生まれの有名人は5人になったと書きましたが、1910年代生まれが少なくなってくると、自分が知らなかった人物の名前も目に入ってくるようになる。というわけで1910年代生まれに2人ほど追加です。

現在の1910年代生まれの有名人は中曽根康弘元首相と元静岡県知事の斉藤滋与史氏、脚本家の橋本忍先生、そして男優のカーク・ダグラスと女優のオリヴィア・デ・ハヴィランドの5人です。それに1913年生まれの書道家である篠田桃紅氏1914年生まれの写真家の笹本恒子氏を加えたいと思います。2人も既存の5名より年上なのでワンツートップとなります。なお、空の大怪獣ラドンにも出ていてる俳優の佐田豊氏は1911年生まれ、女優で歌手の伏見信子氏は1915年生まれですが、この2人は生存が確定ではないので保留しておきます。

血圧は上が170・下が118。それほどムチャな生活していない割には下がってないな。

2018/05/09 (WED)
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リスト作成10周年企画 第9回 国内男優部門
取材は火曜からだけれど、月曜は色々と取材依頼の連絡があったから1日早めに戻ってきて正解だった。調子を整えるためにも1日分の猶予が必要ですからね。そして火曜は朝7時からの取材で朝6時20分には家を出なければいけないので、いつ眠っても良いように早めに日記を更新しておきましょう。

今日のところは取材依頼のメールに返事したり、その依頼を受けて取材を申し込んだりの1日だったので、久しぶりの存命人物リスト作成10周年企画の第9回目で国内男優部門です。リストを作成した時点で最高の人数を誇った国内男優部門ですが、200人を超えるのは特撮関係者が多いからと分かって、特撮俳優部門を別に作りましたが、それでも国内男優部門が最多人数でした。

元々の人数が多かっただけに、10年間で亡くなられた方も多かったわけで58名もの方が亡くなられて現在は150名。最多を162名の漫画家部門に譲りました。リスト作成時の最高齢者は青い山脈に出演した…というかキカイダーの光明寺博士を演じた1917年生まれの伊豆肇氏でしたが、すでに2005年には亡くなられていたことが2012年3月になってから判明しました。本当はリスト作成時の最高齢者は池部良さんだったんですね。それが判明する前の2010年に亡くなられていますが…

58名も亡くなられているということは、その名前を見ただけでも10年間で随分と多くの名優が亡くなられたのが分かります。緒形拳、藤田まこと、林隆三といった必殺シリーズの関係者、スケバン刑事では初代の中康次、二代目の蟹江敬三、三代目の萩原流行といったサキのお目付け役を演じた俳優が揃って亡くなられました。暗闇指令の長門裕之もですね。特捜最前線は10年前は全員存命だったのに、二谷英明、夏夕介、大滝秀治、荒木茂、本郷功次郎と特命課の刑事が一気に鬼籍に入られてしまった。

森繁久彌、三國連太郎といった名優も亡くなられたし、高倉健と菅原文太の任侠映画の名優が立て続けに亡くなられた時も驚きました。伊豆肇さんがすでに故人と判明した後は、今福将雄さんが2015年5月まで最高齢でした。その後は西部警察の「大門くーん」でお馴染みの庄司永建さんが2015年9月まで最高齢。その後は現在に至るまで1924年生まれの久米明さんが最高齢となっています。ちなみに次は1925年生まれで3代目水戸黄門の佐野浅夫さんです。次回は国内女優部門となります。

たった今、国内男優とは関係ありませんが、存命だった1910年生まれの6人のうちの1人であった、作曲家の木下忠司の訃報を目にしました。

2018/05/07 (MON)
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ふくらはぎの痛みの原因が分かったのである
ここ数日間は右脚のふくらはぎのあたりが痛くてウォーキングを控えていましたが、原因も分からず何日も痛みが続くので何だろうと思っていました。そこで、ふと思い出しましたが、何日か前の明け方に、こむら返りになったんじゃないか。こむら返りになった後、また眠ってしまったので記憶から消去されているけれど、何となく痛がった記憶がある。

といったことを5月4日ぐらいに思い出しましたが、5日の明け方に実家のベッドで寝ている時、こむら返りを起こしました。今度も、こむら返りを起こしてから眠ってしまったが、前日にこむら返りのことを考えていたので、しっかりと記憶に残っていた。間違いなく何日も痛みが続いていた原因だ。数日前に1回だけなったのか、それとも何度もなっていながら覚えていないのかは不明です。

そんなわけで東京に戻ってきましたが、最後の日は頭痛でしんどかった。何故か実家にいると頭痛になるのだが4日目ぐらいが限界か。この理由は不明だけれど、食事の量や時間が違うのも原因の一つの気がする。親が親切心でおかずを増やしてくれて、こちらも残したら悪いと思って必要以上に食べようとするけれど、消化の負担が頭痛につながっているような気がする。まあ、実家に帰っている時はゲームをするとか、そこらへんにも理由がありそうですが…

帰りの東海道線が苦痛でしたが、あくびが止まらないのは肩こりで脳に酸素が行き届いていない証拠だな。どうにか東京のアパートに帰り着いて、実家で風呂に入ってきたけれど、改めてお風呂に入り直したら頭痛も治ったぜ。本当に実家にいる時だけ限定で頭痛に悩まされるんだな。とりあえず仕事は8日からなので、7日は休みだけれど、仕事モードに移行するための1日が必要なのです。

2018/05/06 (SUN)
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不思議な縁というのがあったのである
今回の帰省で母親と話しているうちに知った、妹といとこの不思議な縁の話。妹と母方の従妹は同じ年齢で同じ地元の高校に通いました。二人とも同じ頃に結婚して、同じ頃に子供が生まれました。妹の子供である甥っ子は小学校3年の時に脳内出血で入院して大変だったのは11年前になりますが、いとこの子供も甥っ子が入院する3ヶ月前に脳腫瘍で入院しています。

妹の子供といとこの子供が同じ頃に入院した記憶はありますが3ヶ月しか違わなかったのは改めて知りました。そして甥っ子は高校の入学式で、いとこの子供に出会って同じ高校に入学したことを知るわけです。正確には私立高校の同じ系列の高校であって、入学式は合同で行うため一緒になっただけで同じ高校ではないのですが…

それにしても親同士が同じ高校で、小学校3年の時に2人とも脳の手術で入院して、そして同じ系列の高校に通うことになろうとは。親と同じ高校に行ったからではなく、神奈川県西部の学区から離れた高校に行ったのに入学式で会って、初めて知ったというからすごいと思ったわけです。

2018/05/05 (SAT)
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小田原城の歴史を垣間見たのである
5月4日は夜から高校の集まりでしたが、昼にドラクエ垢離如璽燭消えたのは一つ前の日記で書きましたね。そこで気持ちを切り替えて、少し早目に家を出て小田原城を見ることにしました。小田原城がリニューアルしたのは2016年のこと。その時にも小田原城に行きましたが、今度はじっくりと城内を見ることにしました。

その前に小田原城の城址公園にある遊園地を見学。昔からあったコーヒーカップが無くなったので見に行きました。昔は観覧車とか色々とあったのに、今では豆汽車とゴーカートだけになってしまった。城址公園の動物園も猿しかいない動物園になってしまった。

肝心の小田原城ですが、今回の目標は城内で流されているシアターを全部観ること。メインシアターは北条五大の歴史と小田原城の構造を紹介した2本、一つ上の階で北条攻めを紹介した1本、最上階で摩利支天像を設置した経緯を紹介する映像が1本の全4本の映像を全部観てきました。

城内には発掘調査で見つかった出土品などが展示されていますが「江戸時代にこんなものがあったんだ」という声が聞こえてきたので何かと思ったら遊戯王カードが入っている。子供がケースの隙間から入れちゃったんだな。まあ、古代エジプトから続いているカードバトルだから江戸時代にも熱い戦いが繰り広げられていてもおかしくはないけれど。

こうして小田原城を見学してから、高校の仲間の集まりに参加。今回はS木とH田の2名が欠席して6名。ゴールデンウィーク中で人が混んでいるせいか、空いている店が見つからなくて、やっと沖縄料理がメインのお店に入ることができた。途中でお祭りのおみこしが何度も入ってきたりして大騒ぎだった。そして9時には解散したのでバスが走っている時間に帰ってくることができた。

2018/05/04 (FRI)
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結婚したら真っ暗闇だったのである
実家に帰るたびにスーパーファミコンをプレイしていますが、今回はドラゴンクエスト垢痢屬劼箸靴海里漾に挑戦。これは主人公に「ひのきのぼう」「とがったホネ」「しあわせの帽子」「こん棒」「のこぎり刀」「みかわしの服」を上から順番に装備させると、モンスターが100%仲間になるという裏ワザ。これで、はぐれメタルもキラーマシンも仲間にできるぞ。

しかし、問題なのは「しあわせの帽子」が入っていること。これが手に入るのは随分と後なので、それまでは普通のドラクエ垢鬟廛譽い垢襪海箸砲覆蠅泙后ここでポイントなのは主人公が成長すると「ひのきのぼう」と「とがったホネ」が手に入りにくくなるので、子供の頃に買っておいて、ずっと所持しておく必要があります。それこそ久しぶりにレヌール城のお化け退治や奴隷からの脱出をプレイしたわけですよ。

そして炎のリングと氷のリングを手に入れて、結婚相手としてビアンカを選んで、結婚式を挙げて「そして夜が明けた」となったのに音楽は流れるけれど画面が真っ暗のままだ。仕方ないのでカセットを抜いて、再び電源を入れると「あなたのぼうけんのしょはきえてしまいました」と悪夢の文字が。せっかく結婚式までたどり着いたのに、ここまでかよ。「しあわせの帽子」以外は手に入ってもう少しだったのに。

5月3日の夕方からプレイして、4日の昼に冒険の書が消失。一晩で結婚式までたどり着いたのにガッカリだ。そもそも、スーパーファミコンのソフトは、うまくつく確率が低くて、中でもドラゴンクエスト垢浪薪戮盧垢傾まないとつかないぐらい接触が悪かったからな。

「ひとしこのみ」はできなかったけれど、スライム(2匹目も)、ブラウニー、スライムナイト、ドラゴンキッズ、クックルー、まほうつかい、ダンスニードルが仲間になったから上出来か。ちなみに2回目もプレイして、今度は結婚式よりも前にラインハット城のところで消えてしまった。1回目の時に仲間にならなかった、ばくだんベビー、ドラキーが仲間になったので、普通にプレイしたのに仲間になる確率が高かったな。

2018/05/03 (THU)
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高校の先生が残っていたのである
2日は東京に待機していましたが、新聞発送の関係でK新聞から届いたメールに対応できたし、自宅に完成したS新聞も届いたから東京にいて良かったよ。幾つか不安要素はあるけれど、3日になったら小田原に帰ろう。

先日書いた時代の変わり目に関して思うことがあったので補足。東野圭吾の短編集「嘘をもうひとつだけ」を読了したけれど、奥付を見たら20年ぐらい前の作品だった。現代の小説だと思って読んでいて違和感を覚えなかったけれど、やっぱり20年前と今の違いは少ないな。大きな違いはスマホぐらいのもの。そこそこ携帯電話も普及しているので、20年前の小説を読んでいても昔の話しと感じることがない。

それに関連して、ちょうど今日読み終わったのが東京書籍から発行されている「くらべる時代」。取材の時にもらった本で積読していたのをやっと読みました。色々な物の昭和と平成の違いを写真で比較しているという、この話題にピッタリの本です。さっきの話題をひっくり返すようですが、30年前と今の違いが見えてくるような本です。でも間違い探しのようで、明らかに変わっているのに、言われてみないと分からないという違いなんです。

例えば昭和の飴は食べると口の中が青くなる合成着色料使用だったのが平成はそんなことはない。昭和の公園は回転する遊具が多かったのが安全から撤去されて平成の公園は遊具が少ない。昭和の横断歩道は縦横の白線だったのが、平成の横断歩道は横線のみ。昭和の自動車はフェンダーミラーだったのが平成の自動車はドアミラーなど。20年前の小説を読んでいても時代の違いがないと書いたけれど、横断歩道を渡ったとか、公園に遊びに行ったとかの表現が小説に出てきても、文章からは昭和と平成の違いは見えてこないからね。

さて、話は変わってゴールデンウィークに帰省すると3月31日に発表された教職員異動の新聞をチェックしていますが、よく考えたら東京にいてもネットでチェックできるな。今まで何十年もネットでチェックしたことはないけれど、いつもギリギリまで仕事をして帰省するから、そんな余裕がなかった。今回は少し余裕があったので神奈川県の高校教員の異動をネットでチェック。自分が高校の時の先生の名前を4人も見つけることができました。そのうち3人は退職ですが、1人は他の学校に異動なので、まだ高校の先生が教員を続けていることになります。

小学校と中学校もチェックできるけれど、すぐに挫折してしまった。小学校は自分が6年生の時に大学を卒業したばかりの22歳の先生が60歳で退職する年齢。そんな人は残っているのかという話です。中学校はプラス3年で自分が中学校3年の時に25歳の先生が残っている計算。卒業文集を見ても中学校は若い先生が少ないかったから、小学校と中学校で教員を続けている先生はいないんだろうな。女の先生は若い先生もいたけれど女性の場合は結婚すると苗字が変わってしまうからチェックしても分からない。さて、3日に小田原に帰省したら、東京に戻ってくるのは6日の夜になる予定。

2018/05/02 (WED)
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今日から5月になったのである
5月になったところで日記のタイトル変更ですが、今日買ったばかりの京極夏彦「豆腐小僧 その他」の「小説 豆腐小僧」のタイトルから「○○のである」で統一します。以前、男塾の江田島塾長の挨拶で統一した際に「○○である」で統一したのと一文字増えただけですが、そこはそれ。

仕事は片付いたもののK新聞のS新聞もお休みではないので東京に待機。そうしたらK新聞から仕事の依頼の連絡が入りました。5月4日午後の取材を頼めないかということでしたが、さすがにゴールデンウィークのど真ん中だったので断りました。K新聞は29日の取材も断ったばかりだったので、申し訳ないという思いもありましたが、向こうも無理を承知で依頼してきたわけで、断った途端に「ですよねー」という返事が返ってきました。断るのなら東京に残っていた意味ないじゃんという思いはありますが、さすがに5月4日午後の取材は勘弁してください。

K新聞の5月号は今日には完成したはずだし、土曜に完成したS新聞も今日になって印刷所から発送されたはずです。1日は特にやることもなかったので近所のブックオフへ。そこで買ったのが日記のタイトルにも採用した「豆腐小僧 その他」でした。その後、ウォーキングも兼ねて、ちょっと離れたブックオフまで足を延ばして京極夏彦「幽談」を購入。意識してなかったけれど京極夏彦ばかり買ってしまった。

夜はお正月に友人から借りた、必殺仕掛人のDVDを観賞。作中の藤枝梅安につられて何年ぶりかに日本酒をいただきました。これは2年ぐらい前に顔を出した葬儀の引き出物でいただいたもので、日本酒を飲まないから置きっぱなしになっていたもの。ここで飲まないと永遠に飲む機会がなさそうだ。タラの芽の天ぷらをつまみに、あと一口で飲み終わるところで眠ってしまったけれど、そんなに抵抗なく飲めたな。血圧は上が155・下が108。仕事が落ちついてくると血圧も下がるな。いや、まだ普通の人からすると高いけどね。

2018/05/01 (TUE)
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Writer: 野鉄砲