+ Total: 404038 + Today: 0018 +
う・た・し日記
ホームページへ* Admin *|RSS

DKLog.JP::Diaryあしあと

■ 2013/03/15 変化
■ 2013/03/11 3月11日
■ 2013/03/10 33と39
■ 2013/03/08 サンキューの日に正観塾
■ 2013/03/06 いっきゅうさん
■ 2013/03/05 花は桜木3
■ 2013/03/05 花は桜木2
■ 2013/03/05 花は桜木
■ 2013/03/04 当たり前の反対語はありがたし
■ 2013/03/01 弥生3月

変化
いろいろなものが変化しています。この日記も変化してNewうたし日記も
誕生しました。

長年この日記を見てくださっている皆様に感謝いたします。
Newの方はくれいん舎のトップページからご覧ください。

いままでの日記はこちらから見れますので、お時間のある方に読んでいた
だけたら、とてもうれしいことです。

これからも、どうぞよろしくお願いいたします。(^_-)




2013/03/15 (FRI)
▲Top

3月11日
2年前の今日、私はあるクリニックへ行き不思議な治療?を受けて帰って
来ました。そして、パソコンのヤフーの画面で地震が起きたことを知りま
した。

その後は津波が来て、東北は未曽有の大災害になりました。

その時正観さんは伊東の正観荘で合宿中でした。後にSKPの方からお聞
きしたのですが、そのとき正観さんは、「大騒ぎしないことです」と言わ
れたそうです。

私も日記にこう書いていました。

日常生活が今まで通りに出来る方は、普通に今まで通りに暮らすこと
それが、とても大切なことじゃないかと思います。思いは向けながらも、
ひっぱられないこと、いまここにいれる感謝です。

この年、自分の誕生日前頃からとてもメランコリックになっていました。
特に、この歌を聴くと涙が出て止まらなかったことを思い出します。

いくたびの櫻 

今年の櫻は 早めに咲いた
二人は片寄せ この道歩く

櫻の咲いてる わずかなこの時
誰もが束の間 花やぎ生きてる

これから何年
二人して櫻を見るのでしょう
今年も大事にして 散るまでの花を見る

一年一度の 櫻をながめて
あなたと死ぬまで
この愛に生きたい
あなたと

あなたと櫻の 並木道歩いて
おもわず見あげた 梢と青空

春がめぐれば 櫻は咲くもの
今まで私も そう思っていたけど

一年生きてた
証(あかし)だと 今では感じる
花びらひとひらさえ 大切なその命

一年一度の 櫻をながめて
あなたと死ぬまで
この愛に生きたい

あなたと死ぬまで
この愛に生きたい

ふくい舞さんが歌っています。

今聞いてもいい曲だと思いますが、涙が出て止まらないということはな
いのです。

今年も桜は咲くでしょうが、その桜が来年も見れるかどうかは、誰にも
分からないことなのです。

「願わくば 花の下にて 春死なん その望月の如月の頃」という西行
の歌がありますが、西行はこの歌の通りに文治6年(1190年)2月16日
(この日が満月らしい)大阪府の南河内町の弘川寺で亡くなりました。
歌のとおりだったので、それに当時の人々は驚いたそうです。

旧暦だったので如月は、今でなら3月下旬か4月上旬の頃だったようです。

2013/03/11 (MON)
▲Top

33と39
昨日の正観塾、講師とスタッフも合わせ全員で39名。
3月9日のサンキューの日に39名の集まりとなりました。
受講して下さった皆様の数は33、観音様が集まられたんですね。


魂の約束で来て下った皆さまだと感じました。ありがとうございます。

前回とは少しやり方を変えての講座でしたが、内容はかなり濃いものとな
りました。

参加者は、ほとんどが女性で、男性は数名でした。
正観さんの言われていた「本質的な内容」だったからだと思います。

久しぶりに来られていた方も多く、懐かしいお顔が見られたのは嬉しい事
でした。

個人的には、魂についての話が興味深かったのですが、これは是非次回
にも続きを話していただこうと思っています。

そして、高島さんと私のコラボを30分ほどさせていただきました。
皆さまの温かい拍手が、すごく嬉しかったです。感謝。


たとえ細々でもいいので正観塾を続けられたらいいな〜、そうでなくても
いいけど、そうだったら嬉しいな〜。

2013/03/10 (SUN)
▲Top

サンキューの日に正観塾
明日は、いよいよ今年初の正観塾です。3月9日、つまりサンキューの日に
開催するのは狙ったわけではなく、たまたまこの日。

たとえ英語でも、ありがとうの日に出来るのは嬉しいことです。

高島さんは午前中に到着して誰やらに会うらしい計画。すごく久しぶりで、
すごく不思議な?宇宙理論を研究してる方らしい。

普通に聞いても理解できないような話なので、高島さんに聞いてもらって、
噛み砕いて話してもらおうっと。それでも分かるかな〜?

うたし日記を楽しみに読んでくださっているという連絡が北海道と長崎
から続けて入りました。嬉しいです〜。

つたない文なのに、楽しみにして何度も読み返してくださるなんて、感謝
しかありません。

私が未熟者であることを知って、親しみを持ってくださったり、共感して
くださってるようです。

どうぞ、これからもよろしくお願いいたします。
嬉しいメールに感謝いたします。

2013/03/08 (FRI)
▲Top

いっきゅうさん
昨夜の日記に一休さんのことを書いたら、なんと今日、いっきゅうさんが
ご来店してくださいました。

24才のイケメンいっきゅうさんは、円とかいてikkyuと読むらしい。
おもしろいシンクロに、久々気持ちが踊りました。

3月9日の講座では、亮ちゃんに中庸ダンスもご指導いただく予定なので、
ここでは心身ともに踊りますことよ。

福山で踊ったSさんによると心身のバランスを取るには最適のダンスだそ
うです。

FBに、こんなメッセージが来ました。
今日はお電話ありがとうございました〜!
2つのお電話とも、ぼくにとって大きな後押しと示唆になりました(^^)。
感謝しています。

私が、おこがましくも講座のやり方についての電話をしたのですが、亮ち
ゃんはこうやって感謝してくれるんです。

一緒に正観塾を続けさせていただけて、こちらこそ感謝です。
サンキューの日(3月9日)の講座の前に、こんな感謝の気持ちになれて
うれしか〜、たのしか〜、ありがたか〜。

2013/03/06 (WED)
▲Top

花は桜木3
なんと3部作になってしまった今夜の日記。途中で家庭の用事がいろいろ
入るという目の前の現実に、しっかりと念を入れて関わった結果です。

今年も一緒に桜を見に行ってくれる友人からのメッセージです。

う、た、し仲間との時間は、安らぎ、穏やかで、こころから、楽しい解
放された世界です。
こころから、笑える、あるがままの私と、なれます。

正観さんの風流な生き方 ありがとう桜は、原点の場 としての聖地?
でしょうか

生きてる ことは、同じでは、ありませんが繰り返し、波を受け、また、
学びの繰り返しです!
その度に経験、知恵がついてるのでしょうか?



正観さんの教え「念を入れて生きる」を体現してくれる「ありがとう桜」
今年も会いに行けることが、とても嬉しいです。

日本は各地で桜の咲く国です。みなさんがお住いの所の桜を愛でてくだ
さいね。今年の桜を来年も見れるという保証は、誰にも無いのですから。

今年初のうたし流つきあい方シリーズのテーマは「生と死とのつきあい
方」です。

参加した方がリラックスして楽になり、解放され、あるがままの自分に
なれるような講座になれば嬉しいことです。

なれたらいいな〜、なれなくてもいいけど、なれたらうれしいな〜。

2013/03/05 (TUE)
▲Top

花は桜木2
そういう私も、まだ来ぬ未来に対しての不安からブレまくっていた時期が
ありました。今でもまだ、そういうときもあります。

それは自分が「念を入れて生きる」を頭だけで理解し、心まで達せず、実
践も少ないからでしょう。腑に落ちるまでは訓練あるのみです。

今日このページを開き読むようになっていたのも偶然ではないのでしょう。

この章の中で親鸞聖人の歌が紹介されています。
明日ありと 思う心のあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは

「私たちに明日は来ません」とはっきり教えてくださったのは正観さんで
した。「なぜなら、今日寝て明日起きたらその日は今日。つまり私たちが
生きて存在できるのは、今日だけなのです」

そーだねー、なんでそんなことに気づかなかったんだろう。今日、今しか
私たちに時はないのにね。

「人は必ず死にます。だから必死にならなくてもいいのです」これも、
正観さんの言葉ですが、その言葉通りに逝かれました。

この章を読んで気づいたことがありました。それはなぜ正観さんが私たち
に、桜の木を遺してくださったのかということでした。

桜の花が見事に咲く姿は、今を精一杯生きる姿そのもの。そして潔く散っ
て行く姿は、執着なく去る姿そのもの。

花は桜木と歌われるくらいに桜は意味ある花なのでしょう。

だからこそ正観さんは、桜の木を西と東に残してくださったのでは。
西の桜は壱岐の八重桜、東の桜は伊東正観荘の山桜。

今年は期せずして、お花見の日程が西と東で重なりました。4月14日
の日曜日です。SKPさん主催の正観荘でのお花見は、SKPさんのホ
ームページにご案内があります。http://www.skp358.com/

嬉しいことに3月12日には、2011年4月9日に壱岐で録音された
講演会「淡々と生きる」が発売されます。

今日ご来店いただいたFさんは、正観さんの講座に来られていた方ですが
参加して戻ると、ご自分がすごく楽になっているのを感じられて、それが
すごく心地よかったんですと話されました。

つづく

2013/03/05 (TUE)
▲Top

花は桜木
花は桜木、人は武士、柱は桧、魚は鯛、小袖 はもみじ、花はみよしの
これはなんと、あの一休禅師の言葉です。
花の中で一番は桜で始まり、桜の中で一番は吉野の桜と結んであります。


世の中は起きて稼いで寝て食って後は死ぬを待つばかりなり
南無釈迦じゃ 娑婆じゃ地獄じゃ 苦じゃ楽じゃ どうじゃこうじゃと いう
が愚かじゃ

こちらも同じく一休さんの言葉です。

なんで一休さんかと言うと「おまかせで今を生きる」P111の「念を入
れて生きる」に書いてあったからです。

お正月早々にしゃれこうべを手にして各家を回ったという一休さん。
新年早々にどうしてそんなことをするんだと文句を言う人に一休さんは答
えます。

「お正月気分で浮かれているけれども、また一歩死に近づいたということ
なんですよ」

自分の人生がずっと続くと思っているので、人は希望を持ち生きて行けま
すが、それは何となく無為に過ごしてしまうことにもなりかねません。

有限である命を意識して、期限ある時を充実して生きるにはどうしたら
いいのか。

今を大切に生きるしかありません。私たちが生きているのは今で、過去
でも、まだ来ぬ未来でもないのですが、過去に引きずられたり、未来の
不安に、ぶれまくってしまうようなことがないでしょうか。

今に心を入れて生きる、つまり念入りに生きることが、人生を豊かに生
きることにつながるのではないでしょうか。

つづく

2013/03/05 (TUE)
▲Top

当たり前の反対語はありがたし
当たり前は、いつもある事、珍しいことではなくあって当然な事。

滅多にない事、あり得ないこと、日常では考えられないこと、ありえな
いことが、あり難し。

つまり、ありがとうの反対語は当たり前なんです。
私たちが当たり前と思っていることが、いかに当たり前ではないかと思
い知るのは、その当たり前を失った時。

2年前の3月11日だって、その日の朝には誰も大災害が起きるなんて、
思ってもいないことだったでしょう。

いつもと同じ、つまり当たり前の日だと思っていたのに、それが人生最
後の日になった方も多いのではないでしょうか。

正観さんと最後にお別れしたあの日も、これが今生で最後のお別れにな
るなんて、これっぽっちも思っていませんでした。

一週間後には、また福岡でお会いできると信じ確信していました。

それまで一度も、予定はキャンセルされたことがありませんでした。
それだって当たり前ではなかったのに、そのことについて感謝が出来て
いたのだろうかと、この頃になって思います。

今日も本を買いに来てくださった方が、正観さんに一度お会いしたかっ
たと話して行かれました。

長い間関わらせていただいたことは、本当に有り難く得難い体験だった
と感謝しています。

たくさんの楽しむことを教えてくださった正観さん、あなたが教えてく
ださったことを活かしてくれいん舎は、みなさんから喜ばれることを続
けていきますね〜、いけなくていいけど、いけると嬉しいな〜。

2013/03/04 (MON)
▲Top

弥生3月
今朝の新聞に貝原益軒さんのことが書かれていました。それまで「損軒」と
名乗っていたのを80才を過ぎて「益軒」に改名したそうです。

そして昨日の施政方針演説で安倍首相は益軒さんの挿話に触れました。

大切の育てていた牡丹を過って折ってしまった若者を、益軒さんは許します。
「牡丹を植えたのは楽しむためで、怒るためではない」と

われわれは何のために国会議員を志したのか。政局や足の引っ張り合い
ではなく、互いに寛容の心で建設的な議論をし、結果を出すことが使命だ。

おお〜、これがほんまでしたら日本の将来も明るいねっ。
けれども、他人ごとではありません。自らの心得を益軒さんの語録より。

聖人を以てわが身を正すべし、聖人を以て人を正すべからず。
凡人を以て人を許すべし、凡人を以てわが身を許すべからず。

おお〜、これもよかね。

江戸期博多の博物学者貝原益軒さんのご子孫は、今も医師として活躍され
てます。

お墓は福岡県福岡市中央区今川2−3の金龍寺(きんりゅうじ)さんに
あります。同じところに貝原益軒さんの銅像もあります。

正観さんと一緒に、ここへ伺ったことをなつかしく思い出しています。

2013/03/01 (FRI)
▲Top

Writer: ミセスくれいん