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「題詠マラソン」2003観戦記&2004拾い読み
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■ 2004/04/29 マラソン2004 【ログ42&43より】
■ 2004/04/25 マラソン2004 【ログ41より】(その2)
■ 2004/04/25 マラソン2004 【ログ41より】(その1)
■ 2004/04/08 マラソン2004 【ログ40より】(その2)
■ 2004/04/08 マラソン2004 【ログ40より】(その1)
■ 2004/04/07 マラソン2004 【ログ39より】
■ 2004/04/05 マラソン2004 【ログ38より】
■ 2004/04/03 マラソン2004 【ログ37より】
■ 2004/04/02 マラソン2004 【ログ36より】
■ 2004/04/01 マラソン2004 【ログ35より】(その2)

マラソン2004 【ログ42&43より】
にせものの私のからだを抱きながらにせものの君が眠る真夜中  (070:にせもの) sei

両方ともにせものなんですね。(^^;;;


ゆめの匂ひと土の匂ひをかぎわけて世界のへりをしづかに歩む  (006:土) 荻原裕幸

実際には、土の匂いをを感じながら日々の生活を
送っている人は都市生活者には少ないはずですけど、
「土の匂ひ」というフレーズが、地に足の着いた
堅実な生き方の比喩として巧く機能しています。
そして「匂ひをかぎわけ」るというところに
やみくもに夢を追いかけたり、すっぱり諦めたりはしない
作中主体の冷静さをすごく感じました。
その冷静さに裏打ちされた作中主体の決意、
夢を持ち続けていこう、「世界のへりをしづかに歩」いていくんだ
という決意が、 <夢と現実> は決して二者択一の問題では
ないのだと読み手に気づかせてくれるようでもあります。


影てふはいつももつるるものにして父に追はれてみたき夕暮  (071:追) 櫂未知子

解釈は難解ですが「影てふはいつももつるるものにして」
というフレーズに曳かれました。ふたつの物の影が重なって
しまえば、見分けがつかないひとつの影となってしまいます。
幼い時に父親と追いかけっこをして遊んだ時にふたりの影が
ひとかたまりになって動いていたようすをふと思い出したのでしょう。
父に追われて戯れることなんてもう不可能なこと。でもせめて
自分の影に今でも父親の影がからまりついていると
作中主体は夢想していたいのかもしれません。


やり直す術はもうない 紙皿に「切れてるチーズ」二枚乾いて  (010:チーズ) 田中槐

安っぽい「紙皿」の上に長い間載せられたまま
固くなってしまった2枚のチーズ。
「やり直す術はもうない」ふたりの絶望的な状況を
最初からカットされた状態で売られている
「切れてるチーズ」という商品名を具体的に
詠み込むことで巧く表現していると思いました。




2004/04/29 (THU)
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マラソン2004 【ログ41より】(その2)
天国へてんてん手鞠つきながら石のきざはし登ってゆかな  (027:天国) 飛永京

子供が無心に手鞠をついて遊んでいるような心境で
死を意識することができれば本当にいいなと思いました。


  2004年4月8日花祭 友、急逝ス
僕達は運ばれるだけの魂だ。じゃ、来世紀。顔変えてまた!  (003:運) 月読亭羽音


友人への挽歌ですね。
「じゃ、来世紀。顔変えてまた!」
という飄々とした軽さがいいですね。
ふたりの友情の篤さが垣間見えるし、
悲しみの深さも伝わってきます。
R・ドーキンスは『利己的な遺伝子』で、
生物は遺伝子の乗り物にすぎないという
ようなことを言っていましたけれど、
肉体は滅んでしまっても魂はどこかで
再会できるんだと考えているほうがいいですね。



幼子のまわらぬ舌で一心に「ねずみぃらんど また行きたいね」  (040:ねずみ) ふらっと

ちっちゃい子で「ねずみぃらんど」って言う子が本当にいるのでしょうか?
ミッキーマウスは鼠なんだと理解したときに子供時代が終わるんじゃ……。
いや、あの着ぐるみの中に人が入っていると知った時でしたっけ(笑)。
僕も、「ちゃばしら」2003年10月号の自由詠に出詠した
連作のなかの1首の詞書に「ネズミーランド」を使っていました。

 ディズニーランドをネズミーランドと言っていたら彼女に嫌われた。
三津木鼠と巳仁井ねずみを獣園に幽閉の後ぼくのパレード  神崎ハルミ


こっちはディズニーランド、ミッキーマウス嫌いの
大人が馬鹿にして言っているんですけど(笑)。



和田くんのたてぶえに綿が詰められて発表会は一糸乱れず  (016:乱) 和良珠子

思わず笑ってしまいましたけど、かわいそうですね和田くん。
誰かがこっそり綿を詰めたんでしょうか。縦笛だけの演奏会で、
トライアングルとかカスタネットはなかったのかなあ。
足が速いとか勉強ができるとか、和田くんに
他に得意なものがあることを祈るばかりです。

2004/04/25 (SUN)
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マラソン2004 【ログ41より】(その1)
われの知らぬ快楽あるときみは言ふ庭の芝桜眺めつつ言ふ  (026:芝) 近藤かすみ

ふたりの関係ははっきりと明示されていませんけれど、
僕は、男女というより女性同士の友だちだと思いました。
(「快楽」という言葉が刺激的で、
一瞬男女かなとも思ったのですが。)
独り身で自由気ままに生きている友人の言葉に
作中主体の心が少し揺らいでいるようです。
その友人の思いも本心からなのか、
それとも強がりなのかわかりませんが。


かぶり振り泣きじゃくる子の手を引いておんなの顔の母無言なり  (050:おんな) 車前子

最近、幼児虐待のニュースがほんとうに多いですねえ。
街なかでも感情的に子供を叱っている親をよく見ますし、
それはそれで親の気持ちもわからないではないですけど、
無言、無表情で子供に接している親というのは不気味ですね。
「おんなの顔の」というところにちょっと
作者の主観が見え過ぎてしまったように感じました。


ラップの芯 撥に変わればテレビさへ太鼓となりて連打されをり  (029:太鼓) 奥村 智子

微笑ましい情景ですね。
子供は遊びの天才ですよね。


須磨といふ地名はつねに濡れてをり父へ帰らぬわが身思へば  (056:磨) 櫂未知子

「須磨」という地名が効果的な歌ですね。
「須磨といふ地名はつねに濡れてをり」という
上の句のフレーズがとても素敵で印象に残る作品です。
須磨といえば古くから月の名所としても知られているところで
下の句の「父へ帰らぬわが身思へば」からかぐや姫を連想しました。
帰りたくても帰れぬかぐや姫……。父への思慕を感じる歌です。

2004/04/25 (SUN)
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マラソン2004 【ログ40より】(その2)
見たことのない空だった たったいま国より先に母は壊れた  (001:空) 岡村知昭

核ミサイルが炸裂した後の空をイメージしました。
人間が生み出した「国」という概念よりも先に、
まず「母」なる大地、そして新しい命を生み出す
「母」という存在が失われていくということ。
3句の「たったいま」が非常に効果的です。


このロビー居心地いいね来るつもりないからわざと選んだんだね  (018:ロビー) 田丸まひる

いじらしい歌ですね。
相手はきっとそこまで考えてなくて、
待ちぼうけをくらった作中主体が、
自分を慰めるように都合の良いように
考えているだけなのでしょうね。
「わざと」は言い過ぎでは。
「ここを」でいいんじゃないでしょうか。


 (4)褪せてゆく文字
うたた寝のあとにも夏がつづく午後カルピスはもう濃くなくていい  (043:濃) 五十嵐きよみ


幼少時代を思い出しているのでしょうか。
上の句の「うたた寝のあとにも夏がつづく午後」に惹かれました。
濃いカルピスは幼い頃の贅沢のひとつでしたね。
「自分でつくる!」と言っても、なかなか
母親には許してもらえませんでしたけど(笑)。
永遠に夏休みが、そして子供時代が続くような錯覚を抱かせる
キラキラ輝く日々が僕にもあったことを思い出しました。


迷いなく枝を断ちきる家元の鋏さばきの音のすずしさ  (045:家元) 五十嵐きよみ

鋏の音が聞こえてくるような歌です。

2004/04/08 (THU)
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マラソン2004 【ログ40より】(その1)
輪郭のぼんやりとしたあさがおが持ち腐れてる子宮に見えて  (075:あさがお) 村田まゆ子

昼を過ぎ、夏の強い日射しに萎れてしまった朝顔でしょうか。
「輪郭のぼんやりとしたあさがお」という描写がいいですね。
「持ち腐れてる」の語尾が乱暴な感じがして推敲の余地があるように思いました。


愛嬌のない少年とひややかな教室にゐた、ずつと黙つて  (037:愛嬌) 大辻隆弘

何か問題を起こしたか抱えている生徒と向き合う教師。
教師は、生徒が口を開くまでじっと待っているのか、
それともお手上げ状態で時間だけが無為に過ぎているのか。
放課後で暖房が切れていて「ひややかな教室」なのでしょうが、
両者から冷たい空気が発せられているようで
いつの時代にもある教師と生徒の間の <壁> を感じました。
「愛嬌のない少年」だと思っている教師は、
この少年には「子供の気持ちを理解していない大人」
だと思われているのでしょうね。


「湯が沸いた」「洗濯済んだ」と機械らは己が仕事の完璧を告げる  (047:機械) 車前子

我が家には喋る機械はないですけど、電子音だけでも耳障りなものです。
あの完璧さは、言われたことはきちんとするけど
言われたことしかしない融通の利かない奴みたいで嫌ですね(笑)。


両国の午後まだ早き一番に裸足の行司のこむら若やぐ  (012:裸足) 篠田 美也

まだ観客がまばらな時分ですよね。
「こむら」に注目したところがいいですね。


整形の美男美女らをふるぶるしきストーリーに写す韓国ドラマ  (079:整形) 花鳥 佰

「ふるぶるしきストーリー」ということは、
『冬のソナタ』のことかなと思いました。
韓国では、一般の人も気軽に美容整形をするようですけど、
ぺ・ヨンジュンとチェ・ジウも整形してるんでしょうか?

2004/04/08 (THU)
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マラソン2004 【ログ39より】
人肌に温められた座布団を信長だつたら喜ぶだらうか  (031:肌) 村本希理子

「気持ち悪い!」と言って、
きっと喜ばなかったでしょうね(笑)。


あす/は/は/は予報士の画の乱れしのち灯火の紐の振れはじめたり  (016:乱) 高澤志帆

画像の乱れた感じを、初句「あす/は/は/は」で巧く表現していますね。
雷鳴の直前にテレビの画像が乱れることは経験がありますが、
地震の前にも乱れることがあるんですね。


ソープオペラと名前をつけた六月の博物館の鯨の骨に  (005:名前) 氏橋奈津子

「ソープオペラ」とは、いわゆるメロドラマのことですね。
(そういえば、『牡丹と薔薇』という
昼ドラが話題になっているみたいですね。)
博物館に展示されている鯨の骨格標本に
「ソープオペラ」という名前を付けた作中主体。
「ソープオペラ」と「六月の博物館の鯨の骨」との
関連性がよくわからないまま両者の結びつきに曳かれました。
鯨の標本を前にして、六月の梅雨をシャワー代わりに浴びながら
大声の鼻歌でオペラ曲を口ずさむ姿を想像したのかもしれません。

ちなみにソープ・オペラという言葉、
「メロドラマ」とか「昼メロ」というより
ほんとうは「人生劇」と訳した方が正しいようです。
『ちゅらさん』や『てるてる家族』などの(今は『天花』ですね)
NHK連続テレビ小説がイメージ的には近いみたい。
実際、「タイム」か「ニューズウィーク」が
『おしん』を「ソープオペラ」と紹介していたようです。
でも根本的に違うのは、アメリカのソープ・オペラは長寿番組だということ。
10年以上続いているものがざらにあるそうです。(ちょっと古いですけど
『アメリカ情報コレクション(講談社現代新書)』より。)
そうなると、週1の放送ではありますけれど、
橋田壽賀子の『渡る世間は鬼ばかり』は
ソープ・オペラと言ってもいいのかもしれませんね。


木の高きにひときはひかる一葉を喰まむとキリン舌をのばせる  (074:キリン) 花鳥 佰

「ひときはひかる一葉」を見て取った作者の観察力がすばらしいですね。
キリンが長い首、そして長い舌を懸命に伸ばしている姿が目に浮かびます。

2004/04/07 (WED)
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マラソン2004 【ログ38より】
ミズウミニ小石ヲ君に短かめの手紙をここは寂しいほとり  (024:ミニ) 杉山理紀

この「ほとり」は実景としての湖岸なのか、それとも
作中主体の心にある場所を象徴的に詠ったものなのかはよく
わかりませんけれど、作中主体の孤独感が伝わってきます。
彼女が認めた手紙が、小石を投げた湖に波紋が広がるように
相手の心に波紋を広げることができればいいのですが。


燃えよドラゴンドラえもんあしたのジョーも名も無き我も  (034:ゴンドラ) 足立尚彦

言葉遊び的にいろいろなキャラクターが登場しますけど、
結句でかっこよくビシッと決めてますね。
たとえ無名のままで灰になろうとも燃え尽きてやるという思い。
「我」は「俺」のほうがもっとかっこよかったかなと思いました。


焼酎にラベルは無用 雨の夜は流れるものに流されておけ  (036:流) 足立尚彦

雨の降る夜は内省的になるものですね。
何もかも忘れてしまいたい夜。
そんな時は、アルコールの銘柄なんて関係ない。
ただただ胃の中に流れ込んでくれて
酔わせてくれさえすれば……。
前半部も後半部もかっこいい物言い、
つまりかっこいい歌ですね。

2004/04/05 (MON)
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マラソン2004 【ログ37より】
着色料入りの入浴剤入りのバスタブに入り温められて  (028:着) 足立尚彦

「入」が4つもある歌でおもしろいですね。
作中主体は、風呂に入ってくつろいでいるというよりも、
バスタブに入れられた入浴剤の一成分になった
ような感覚になっているのかもしれません。


国といふつひに寂しきイメージを空にひらきて「天国」と呼ぶ  (027:天国) 大辻隆弘

死後の世界にまで「国」という概念を持ち込んでしまう我々人間。
上の句の「国といふつひに寂しきイメージを」が痛切です。


子狸は檸檬に化けたつもりだがこりゃどう見ても蜜柑だよな  (015:蜜柑) 竹田正史

微笑ましい歌ですね。実物を知らずに漢字だけを見て
化け誤ったという訳じゃないのでしょうけど、
「檸檬」「蜜柑」という漢字が効果的です。

2004/04/03 (SAT)
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マラソン2004 【ログ36より】
旋律を生まない言葉、誠実なピアノ運搬業者のきみの  (003:運) 久野はすみ

ピアノを購入したのでしょうか、それとも引越しでしょうか。
ピアノを運搬してもらう側とすれば、物としてでなく楽器として
大切に取り扱ってくれるかとても心配なものなのでしょうね。
幸いにも、運搬業者(僕は、若い青年をイメージしました)
は、非常に大事に扱ってくれたようですね。
「きみ」の誠実さ、丁寧な言葉遣いに、
運搬業者に抱いていた作中主体のイメージは崩れ、この青年が
ピアノを華麗に演奏する姿が一瞬頭に浮かんだのかもしれません。
その幻を歌にすることなく、「旋律を生まない」としたことによって
奥行きのある作品となったように思います。


佐保姫の髪ゆるやかに乱れ初めあまねく花の揺れさやぐかな  (008:姫) 篠田 美也

「佐保姫」は春をつかさどる女神。春の暖かい風に
一面の花畑が揺れる様子を幻想的に詠った歌ですね。


「歩」は何時か「と金」になるを夢みつつぽつぽつ進む盤上の春  (089:歩) 春畑 茜

気候が良くなってきた春先に、
縁側で将棋を指している情景をイメージしました。
「ぽつぽつ進む」がいいですね。


隙間なく敷きつめられた青空のようにあなたは完璧すぎた  (001:空) 夏己はづき

雲ひとつない青空というのは、きれいだし、
気持ちいいものですけれど、そんな空が
毎日続いたら味気なく思えてくるでしょうね。
完璧すぎる相手というのも、深く付き合っていくに
つれて息苦しくなってくるものなんでしょうね。



じんたいのほの暗がりに吊るされて胃は春の日を運ばれてゆく  (021:胃) 大辻隆弘  

のどかな春の街を歩いている姿を、大辻さんの端正な文体で、
こんな風に詠われると世界が反転するような感覚に襲われますね。
春の浮かれた気分が吹っ飛んでしまうような感じ。
春の光をいっぱい身体の中に入れようと
大きく息を吸い込んでみたら少しは気分が晴れるでしょうか。

夜の渋谷公園通り 薔薇(ばら)色の臓器を吊りてピピピして居り  佐佐木幸綱

という歌を思い出しました。
「吊された臓器」を詠っているという点では同じですけれど、
大辻さんは、体内の暗がりのほうに、
佐佐木さんは、その暗がりに吊されている臓器の生々しい色
に着目しているところが大きく異なりますね。

2004/04/02 (FRI)
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マラソン2004 【ログ35より】(その2)
てれびは嫌いいつから嫌い逃げまどうえりまきとかげを映した日から  (060:とかげ) 斉藤そよ

視聴者のほうも悪いんでしょうけど、
テレビって視聴率至上主義で本当に移り気ですよね。
報道番組までワイドショー化してしまって……。
そういえば、学歴詐称していた民主党の古賀議員
のこともぴったり報道されなくなってしまいました。
下句は「えりまきとかげが映った日から」
のほうがいいかなと思いました。


忘れものしたってことだ犬の字の最後の点のように大事な  (011:犬) 吉野亜矢

「犬」の字の点を忘れたら「大」という文字になってしまうので
たしかに「犬の字の最後の点」はすごく大事ですね。
自らが抱く <欠落感> を個性的に表現した1首です。


それぞれの圏外が交わるところ五人家族の団欒がある  (009:圏外) 和良珠子

それぞれが自分の世界に閉じこもってしまっていて、決して
心を開くことのない現代の家族の姿をみごとに切り取った歌ですね。
喫茶店に友達同士でいるのに、お互いに無言で誰かと
携帯電話でメールしているのをよく見かけますけれど、
あれも「それぞれの圏外が交わ」っているようで他人事ながら嫌なもんです。


公園の遊具の影はどれもみな誘拐犯に少し似てゐる  (020:遊) 村本希理子

誰もいない公園に遊具の影だけが伸びている情景をイメージしました。
静寂に包まれていて不気味な感じがします。
たまたま誰もいない公園を通りかかった時にこういう思いを抱いたのでしょう。
子供たちだけで遊ばせることに、たとえ公園であっても不安を感じる
近頃の物騒な世の中をうまく切り取っている歌だと思いました。


チエミさん、ひばりさん居て整形外科待合室の朝の華やぎ  (079:整形) 春畑 茜

江利チエミに、美空ひばり……。ひょっとしたら
いづみさんも居たのかもしれませんね(笑)。
病院は待ち時間が長くてイライラするものですけれど、
そんな気分がうまく紛れたみたいですね。
思わず独り笑いをしている作中主体の姿が浮かんできました。
診察待ちの間でもアンテナを張り巡らせていれば歌ができるんですね。

2004/04/01 (THU)
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Writer: 伊波虎英(旧・神崎ハルミ)