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「題詠マラソン」2003観戦記&2004拾い読み
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DKLog.JP::Diaryあしあと

■ 2003/08/31 林ゆみさん
■ 2003/08/30 西橋美保さん
■ 2003/08/29 近藤かすみさん
■ 2003/08/28 かいりさん
■ 2003/08/27 佐藤弓生さん
■ 2003/08/26 椎木英輔さん
■ 2003/08/25 沙野はとうさん
■ 2003/08/24 悠嘉さん
■ 2003/08/23 村本希理子さん
■ 2003/08/22 島田牙城さん
■ 2003/08/21 emiさん
■ 2003/08/20 しのざき香澄さん
■ 2003/08/19 新谷休呆さん
■ 2003/08/18 稲村一弘さん
■ 2003/08/17 ぶらねこ落合さん
■ 2003/08/16 本所飛鳥さん
■ 2003/08/15 荒川美代子さん
■ 2003/08/14 新田瑛さん
■ 2003/08/13 藤原龍一郎さん
■ 2003/08/12 ていだきねこさん
■ 2003/08/11 篠田美也さん
■ 2003/08/10 夏瀬佐知子さん
■ 2003/08/09 佐藤理江さん
■ 2003/08/08 遠山那由さん
■ 2003/08/07 五十嵐きよみさん
■ 2003/08/06 蜜流あげはさん
■ 2003/08/05 今岡悦子さん
■ 2003/08/04 こはくさん
■ 2003/08/03 和良珠子さん

林ゆみさん
51番目に完走された林ゆみさんの100首より。

夕焼けの色の地ビール「吾妻橋」君に抱かれてみたい夜です (026:妻)

井戸底に下りて青空見上げたら真昼の星が見られるらしい (032:星)

カマキリも蝶も触れぬ子どもらが「殺す」という語を簡単に吐く (044:殺す)

一生を働きづめで棄てられた冷蔵庫の背に積もったホコリ (052:冷蔵庫)

待つことに慣れてゆくのがこわくって行列のできる店には行かぬ (071:待つ)  林ゆみ


(11月15日選)




2003/08/31 (SUN)
▲Top

西橋美保さん
50番目に完走された西橋美保さんの100首より。

「さよなら」と手に手を振りつつ茫々とへいたいさんはフィルムのなか (003:さよなら)

このごろの男のやうに蒟蒻もアクがなくなりおいしいばかり (019:蒟蒻)

遺伝子に従ひ猫が猫として生まれる不思議 ありがたきかな (036:遺伝)

秋草は露ふりこぼしふりこぼし恋ゆゑほろぶと伝へよと言ふ (082:ほろぶ)

黄昏の領するところ廃園に咲く薔薇の名ぞ「短歌」と呼ぶは (100:短歌)  西橋美保


(11月14日選)

2003/08/30 (SAT)
▲Top

近藤かすみさん
49番目に完走された近藤かすみさんの100首より。

街頭でふと受け取ったのど飴がこたつの上にいつまでもある (007:ふと)

明日で済むことはあしたにとっておき小池光の歌集をひらく (065:光)

少女らに夢を与えし日もありぬ資材置き場のマネキンの群れ (073:資)

さっき見た悪夢をリセットするために露草色の眼薬をさす (079:眼薬)

かあさんが小枝で描いた楕円から出られないまま二十年過ぐ (084:円)  近藤かすみ


(11月14日選)

2003/08/29 (FRI)
▲Top

かいりさん
48番目に完走されたかいりさんの100首より。

ねがいごと三回つぶやくまえにもうねがいをわすれてしまうこのごろ (028:三回)

爪のない猫みたいだなはりつめるだけはりつめて落ちてくる雨 (031:猫)

あかい羽根小さくゆれて世界からやさしいひとが奪われていく (060:奪う)

かわらないものだけほしいぼくたちははりさけそうな密林の象 (088:象)

記憶って手足をもいだ人形にリボンをかけて束ねる行為 (092:人形)  かいり


(11月14日選)

2003/08/28 (THU)
▲Top

佐藤弓生さん
47番目に完走された佐藤弓生さんの100首より。

さむきさざなみはしれる河のしろがねのさよならはとわにジョバンニのことば (003:さよなら)

春を脱ぎつづけるさくら歳月をはるばるこんなところまで来て (006:脱ぐ)

春なれば花ふみしだく蹄もてつね加害者でありたきものを (020:害)

靴ひもをほどけば星がこぼれだすどれほどあるきつづけたあなた (032:星)

どんなにかさびしい白い指先で置きたまいしか地球に富士を (055:置く)

傘立てに傘は総身を濡らしおり行きて還りし海女のすがたに (063:海女)

ぎんいろのぎざぎざのふち溶けるまで夢にコインを握りしめおり (069:コイン)

水滴にぶつかられつつそういえばわたしもいつかだれかに降った (090:ぶつかる)  佐藤弓生


(11月13日選)

2003/08/27 (WED)
▲Top

椎木英輔さん
46番目に完走された椎木英輔さんの100首より。

今日の碁は白の包囲を突破して二目半勝ち梅雨明け間近 (012:突破)

白鳥座泣きてゐるらし泣きやまばつゆすんなりと上がろうものを (018:泣く)

颱風に誘惑されても護岸あり暴れ切れざる板東太郎 (034:誘惑)

飛行雲が見えざる銀河に沿ふやうにぐんぐんのびる秋であるなり (047:沿う)

岩にしみ入る蝉の句のやうに朝焼る空つて素敵ですよ (087:朝)  椎木英輔


(11月12日選)

2003/08/26 (TUE)
▲Top

沙野はとうさん
45番目に完走された沙野はとうさんの100首より。

秘密基地段ボールで建て少年は手塚治虫を読む薄闇で (014:段ボール)

雲のただ 千切れ消えゆく春の空 麦酒の酔いに孤独を噛みて (017:雲)

さいだあに 星を浮かべて夕暮れの あふれる想い空にしゅわしゅわ (032:星)

敵だけが我を理解すなど云いて ウォッカ飲みほす君や笑顔で (051:敵)

ゆうくりと象神は来て囁けり「現(うつつ)覚めたぅや 孕児(はらみご)寝たぅや」 (088:象)  沙野はとう


(11月8日選)

2003/08/25 (MON)
▲Top

悠嘉さん
44番目に完走された悠嘉さんの100首より。

よく昔見てたアニメの雲たちは みんなが乗れたね 掴めたね (017:雲)

いつもいつも 誰かに何かを聞かれると「たぶん」がつくのは たぶん自分を、。 (058:たぶん)

お化粧をしなくてもいい肌のうち 君に好きだと言ってみたいの (067:化粧)

あの頃はパパは象サンだったけど 今ではパパはただのオジサン (088:象)

短歌って短いけれど 普段より 心がぎゅっと つめられている (100:短歌)  悠嘉


(11月8日選)

2003/08/24 (SUN)
▲Top

村本希理子さん
43番目に完走された村本希理子さんの100首より。

愛国を説くならどうぞ愛すべきものを見せてよまづまつさきに (013:愛)

農道を幼きひとはきらきらのクエスチョンマーク曳きて来たりぬ (024:きらきら)

森の香の芳香剤を置いてから森の匂ひを思ひ出せない (029:森)

鍋底に沈む豌豆ゆらぎをりふいとこの世を出でたき心地 (043:鍋)

祖父(おおちち)は南無阿弥陀仏唱へつつ走る鶏(にはとり)追ひかけてゐた (046:南)  村本希理子



1首目。誰に対して問いかけているのでしょう。
明日は第43回総選挙の投票日ですが、「もっと若者に愛国心を!」とか、
「愛すべき自分の国は自らで守ろう! そのためには憲法の改正を!」
なんて言っている政治家でしょうか。それとも、入学式や卒業式で
日の丸を掲揚し、君が代を斉唱している学校の教育者に対してでしょうか。
この国に愛すべき所は何もないという作中主体の絶望感が感じられます。

2首目。幼稚園児が先生に連れられてお散歩しているのでしょうね。
いろいろな発見をしたり、疑問を抱いたりしながら
にぎやかに農道を歩くちっちゃな集団。とても微笑ましい光景です。
彼らが通り過ぎたあとには、僕たちがすっかり失くしてしまった
「きらきらのクエスチョンマーク」や「!(ビックリマーク)」が
いっぱい転がっているかもしれませんね。

3首目。芳香剤だけでなく食べる物にも偽物の香りが多いですよね。

4首目。鍋底でゆらゆらと揺れている豌豆を見ていて
「ふいとこの世を出でたき心地」になった作中主体。
現状に満足していないのに煮え切らないまま毎日を過ごしている
自分への苛立ちみたいなものがあるのでしょうか。
「主婦」という肩書きをはずすというような考えを通り越して、
いきなり「死の誘惑」へと作中主体の思いが向かっているという危うさが、
なんでもない日常の場面を切り取ったこの歌に緊張感を生んでいます。

ハクセンノウチガワニオサ……飛び込めの合図でないのは知つてゐるけど (042:クセ)  村本希理子

同じように「この世を出でたき心地」を詠った歌が一つ前のお題にもありました。
日常のあちこちに「死への誘惑」が転がっているのかもしれません。

5首目。飼育する家畜を家で捌いて食べるのがごく普通のこと
だった時代とおじいちゃんを懐かしく思い出している作品。
そういえば、毛を毟られたまま必死に逃げ回っている鶏を
祖母が必死に追いかけ回していたという話を、まだ僕が幼かった頃に
母が懐かしそうにおもしろおかしく話してくれたことを思い出しました。
死と生が身近にあり、また食生活自体も決して恵まれていなかったからこそ
(鶏を捌いて食べるというのも特別な日だけのご馳走だったのかもしれません)、
今よりもありがたく食べ物を頂いていた時代。
本当に幸せなのはどっちなんでしょうね。
「祖父(おおちち)」は、旧仮名では「おほちち」でしょうか。

(11月8日記)

2003/08/23 (SAT)
▲Top

島田牙城さん
42番目に完走された島田牙城さんの100首より。

人間にさよならを言ひさよならの木霊の中へ人間を置く (003:さよなら)

三回転半の半さへ判らずにフィギアスケートとはみどりなり (028:三回)

駅伝の日本生まれといふことのそもそもが和をもつて尊し (035:駅)

象嵌の貝が耀くごとくには子は耀かずきんぴらごばう (088:象)

折るるほかなきまで減りし石鹸のやはり折れしを例ふれば母 (096:石鹸)  島田牙城



1首目。一読、不思議な感じのする歌で印象に残ります。
「人間」とひとくくりにして、突き放した感じで詠われているので、
さよならを言っているのは滅びゆく動物や自然なのかもしれません。僕は、
人間の悲鳴のように聞こえる鹿の鳴き声が木霊する情景をイメージしました。
人間の愚かな行為を殊更に非難することなく、ただ哀しみに潤んだ眼をして
さよならを言っているかのように闇夜に鳴き続ける鹿を……。

2首目。僕も、フィギアスケートの選手といえば、古いけど
「伊藤みどり」しか思い浮かばないです。それに、
「三回転半の半」もビデオ映像を見て理解できるくらいで、当然
三回転と三回転半の技術的な差もよくわからないので共感できました。

3首目。結句での落とし方が巧いです。
たしかに「駅伝」は、日本を象徴するスポーツといえますね。

4首目。「きんぴらごばう」と結句でのずらし方が巧いです。
おもわず「きんきらごばう」と読んでしまいそうでした。

5首目。この喩は、切ないですね。秀歌だと思います。
やはりここは「父」ではなく「母」で結句は動かないでしょうね。
歌から離れますが、小学校の吹き曝しの渡り廊下に並ぶ
水道の蛇口に、赤いネットに入れられてぶらさがっていた
小さくて冷たくてカチカチの石鹸の感触を思い出しました。

(10月28日記)

2003/08/22 (FRI)
▲Top

emiさん
41番目に完走されたemiさんの100首より。

北窓は冬将軍に閉ざされて孤独な人をなお孤独にする (021:窓)

行く道を閉ざして森は遥かなる芽吹きのときを待てと声する (029:森)

駅員が冷たく放つ白線の内側に下がってオマチクダサイ (035:駅)

寂しさを分け合うようにほつほつと光る形を追っている夏 (065:光)

君と見た虹の輪郭鉄橋に円周率をかけて測った (084:円)  emi



2首目。何かに行き詰っているとき、森の深々とした緑のなかを散策すると
こういった森の声が聞こえてくるのかもしれませんね。
森林浴が、単純に精神的な癒しになる
という以上のコトを詠っているのが良いと思いました。

3首目。これは駅員のアナウンスというより、視線を詠んだ歌でしょうね。
白線よりも線路側に立っていて駅員に視線を投げかけられている
作中主体が、ちょっと危うい精神状態にあるようにも感じられる歌です。

4首目。「蛍」という語を使わずに蛍を巧く詠んだ歌ですね。
僕には、2人の男女の姿が見えます。
おそらく1人で蛍を見ている情景ではないはず。
「寂しさを分け合うように」は、「光る(蛍)」にかかるのか、
それとも「(蛍の)光る形を追っている」にかかるのか。
どちらにも読めるところがマイナスともいえるかもしれませんが、
きっと「寂しさを分け合うようにほつほつと光る」蛍を
2人で「寂しさを分け合うように」見ているのでしょう。
すてきな相聞の歌です。

5首目。この歌も、虹の大きさで2人の愛の大きさを
測ろうとしているみたいで、ユニークですてきな相聞歌ですね。
「すごく大きくてきれいな虹だったんだろうな」とか
「河原の堤防に寄り添うように腰掛けていたのかな」とか
いろいろと頭の中に情景が浮かんできます。
強固な「鉄橋」をものさしにして測ったのだから
きっと2人はいつまでも一緒に幸せでいられることでしょう。

(10月25日記)

2003/08/21 (THU)
▲Top

しのざき香澄さん
40番目に完走されたしのざき香澄さんの100首より。

暖かな窓辺にありて萎えていく切り花のよう足りているのに (008:足りる)

この色はTurquoiseBlue泣かないでよく見てごらんTurquoiseBlue (018:泣く)

鳴き砂の奏でる詩に込められたうみの空色そらの海色 (023:詩)

箍外れ走る転がる神無月溺れる魚火傷する炭 (040:走る)

傷ついた君が森へと帰るまで(ベローシファカのステップ踏んで) (098:傷)  しのざき香澄



2首目。何がターコイズ・ブルーをしているのか、なぜ泣いているのか、
どうして泣いている人に「よく見てごらん」と言っているのか、など
情景はまったくわからないのですが、呪文的なリズムに惹かれます。

4首目。上句から下句への展開が巧みな作品ですね。
結句の「火傷する炭」というフレーズが印象的ですし、
上句の表現もユニークです。「箍外れ走る転がる神無月」とは、
年末に向けて加速するようにさまざまな事件や事故が起こり、また
社会問題や国際問題が表面化していくことをいっているのでしょうか。
終末感漂う歌で、「神無月」という語の使用も効果的です。
別名「神去月」ともいうし、お題の「走る」にも合っていますね。
  
5首目。「ベローシファカ」は、マダガスカル島に生息しているサルなんですね。
後ろ脚2本で立ったまま地面を横っ飛びする様子をテレビで見たことがあります。
森の中では木から木へと軽快に移動するのに、木のない場所の移動は苦手なんですね。
ここで詠われた「森」(「傷ついた君」が帰るべき森)とは一体何の象徴なのでしょう。

(10月24日記)

2003/08/20 (WED)
▲Top

新谷休呆さん
39番目に完走された新谷休呆さんの100首より。

蒟蒻を空炒りにする炒れど炒れど水気は抜けぬ 未練のやうに (019:蒟蒻)

この場では糾さずにおくか老人の差別的なる社会意識 (041:場)

エアコンの電源を切りさよならをあなたの部屋に置いてきた夏 (055:置く)

ホークスの三番を打つ強打者の名を呼んでみる井口資仁 (073:資)

いくらでも小さな夢が買えそうな百円ショップをはしごする午後 (084:円)  新谷休呆



1首目。蒟蒻を空炒り(乾煎り)するとすごい音がしますよね。
「炒れど炒れど」というリフレインからその音を思い浮かべました。
また、執拗に「未練」を振り切ろうとしている作中主体の姿も見えてきます。

2首目。平気でとんでもないことを言い放つ老人っていますね。
年を取れば取るほどそういう凝り固まった意識をもつようになるというのもあるのでしょうが、
どうも若い時に刷り込まれた意識は、そう簡単には改めることができないように思えます。
「この場では糾さずにおくか」の「か」が巧いです。
所詮言っても無駄だと、自分に言い聞かせているのでしょう。
僕も、ただただ悲しい気持ちになるだけで、
年寄りの考えを正そうなんて所詮無理と諦めてしまってます。

3首目。別れの場面を巧く切り取った歌ですね。
直接、別れの言葉を交わすことのないまま部屋を出て行く作中主体。
エアコンを消した部屋の静寂に、リモコンをテーブルに置いた時の音が思ったよりも響いて
作中主体の胸に突き刺さってきたのかもしれません。まるでその音が作中主体には、
発することのなかった「さよなら」のように感じられたのでしょうか。

4首目。「井口資仁」という固有名詞がインパクトがあります。
自分だけの呪文みたいなものなのかもしれませんね。
でも、あまりパ・リーグについて詳しくなく(「ただひと」と読むんですね。)、
ただただ日本シリーズでの井口、松中、城島、バルデスの「100打点カルテット」
の爆発に脅威を感じている阪神ファンの僕としては、
なぜ城島や松中でなく井口なのかという微妙なニュアンスは不明。
野球の試合を見ていて井口の名前を呼んだわけではないことは確かなはず。
でも、どのような状況なのかは全く想像がつきません。

5首目。買い物でストレスを解消する人の気持ちはわからないし、
百円ショップへ行っても品揃えの多さにクラクラするほうなのですが、
「いくらでも小さな夢が買えそう」というのは、僕にもわかるような気がします。
特に欲しい物がなくても、いろいろと見て回るだけで楽しくて、さらに
ちょこちょこっと数百円の買い物をするだけで満足感が得られる。
そんな人がたくさんいるからこれだけ百円ショップが流行っているのでしょう。
どこにでも安価で大量にありそうなのにみつからない
(自分だけの)「小さな夢」を探してそんな「百円ショップをはしごする」
という行動に、作中主体の心にぽっかり開いた穴を感じます。
でもその心の穴は、決してそれほど深刻なものではなく、
百円ショップで埋められそうなくらい漠然としたもの。
きっと、深夜、たくさんの人が探検気分で
「ドン・キホーテ」に行くのもこんな気持ちからなんでしょうね。
(「買えそうな」は、旧仮名では「買へさうな」でしょうか。)

(10月22日記)

2003/08/19 (TUE)
▲Top

稲村一弘さん
38番目に完走された稲村一弘さんの100首より。

祈りつつ鉈で割りだす円空の木肌やさしき御仏は笑む (061:祈る)

光あかき火星ちかづく めぐりつつ回る地球にわれ立つ不思議 (065:光)

五〇〇リラ・コインに想ふシスティーナ礼拝堂のデルフィの巫女 (069:コイン)

薬師寺の塔の上なる水煙に舞ふ天人の姿はるけし (091:煙)

啄木の恋歌かなし時こえていま在るごとく思ひ伝はる (093:恋)  稲村一弘



3首目。今はユーロ通貨になって流通していないのでしょうか。
イタリアの500リラコインは2種類の素材からなる珍しいコインなんですよね。
10年以上前になりますが、珍しさに僕も旅行の記念にと持ち帰りました。
デザインまでには関心がなかったのですが、
システィーナ礼拝堂のデルフィの巫女なんですね。
じっとコインを見つめていると神託が聞こえてきそうです。

(10月5日記)

2003/08/18 (MON)
▲Top

ぶらねこ落合さん
37番目に完走されたぶらねこ落合さんの100首より。

おかっぱの君に言うべきさよならをからすに食べられ夕焼け小焼け (003:さよなら)

東京にみれんはないがめくるめくプラスイオンは我を呼びたり (011:イオン)

それはそれは淡き口紅引くごとく朝霧は這い木々の間に消ゆ (016:紅)

人類の起源はたしかアフリカに・・・北半球の贅肉は鬱 (039:贅肉)

吾に似たむすこと食すひるめしの女をうばい合うような箸 (068:似る)  ぶらねこ落合  



1首目。「おかっぱの君」に「夕焼け小焼け」。
郷愁感ただよう歌ですね。初恋の人でしょうか。
会ってちゃんと別れの言葉を言おうと決心していたのに、
最後の最後に勇気がなくなってしまって、
結局彼女に会うことなく再び夕焼け空の下をとぼとぼ引き返す「ぼく」。
彼の頭の中には、きっと今でも「さよなら」の言葉を食べてしまった
からすが鳴きながら飛んでいるのでしょうね。

3首目。女性が紅をひく姿を木々の間を流れる霧の比喩としたのが素敵です。
林全体がまるでひとりの美しい女性のように詠草からたちあがってきます。
きっと作中主体も、霧がかかる朝の林の美しさにそういった思いを抱いたのでしょう。
初句の「それはそれは」からも想像を超えた自然の美しさに唖然としている姿が伝わってきます。
ぶらねこさんは、お題「織る」でも「霧」を詠んでいます。

濃いみどり淡いみどりを織り合わせ霧のたていと林をぬける (080:織る)  ぶらねこ落合

5首目。わかる気がします。思春期真っ只中の子どもと父親でしょうか。
たぶん母親はどこかに出掛けていて二人きりでの無言の食事。
「ひるめし」というのが非常に効果的です。

(10月3日記)

2003/08/17 (SUN)
▲Top

本所飛鳥さん
36番目に完走された本所飛鳥さんの100首より。

見上げれば空に浮く雲流れ行く君に見えるか象のうんち雲 (010:浮く)

逃げるため求めるためか突破する手に入れるもの無くすものは何 (012:突破)

おでんには蒟蒻がないといけない 君は強いね串のようだね (019:蒟蒻)

「やさしいね」「そのままでいて」微笑んで 害もない我立ちすくんでる (020:害)

偽りの平和な時代祈るしか出来ないわれがここに生きてる (061:祈る)  本所飛鳥



本所さんとは以前ネット歌会でご一緒したりしていました。
舌足らずな感じというかギクシャクした感じは変わらないな
というのが今回のマラソン詠100首を読んでの第一印象でした。
3週間ほどで一気に完走されたようですが、
素材や、定型のリズムについて考えながら
1ヶ月10首とか計画的にじっくり推敲しながら
歌作したほうがさらに得るものも大きかったのでは……。

(10月3日記)

2003/08/16 (SAT)
▲Top

荒川美代子さん
35番目に完走された荒川美代子さんの100首より。

おやのないこのサンダルをなげこめばくろいプールがふとめをさます (007:ふと)

なかれなかれ輪廻の窓をひらくなかれなざれのまりあがまた子をなす (021:窓)

光射すひとにあまたのどうぶつにしんしゅのこけにきょうどうぼちに (065:光)

たべかけのりんごと空席だけのせてでんしゃはゆくのにげみず追って (072:席)

これがあるかぎりだれかが鬼になるじゃんけんなんかほろんでしまえ (082:ほろぶ)  荒川美代子



荒川さんの作品には、それがうまく機能しているかどうかは別にして、
1首における漢字とかなの表記バランスに独特のものがありますね。

1首目。親のいない子供はいじめの対象となっているのでしょうか。
黒いプールは、いじめっ子の心とも読めます。いじめっ子の良心が、
暗闇にさびしく響く水音を耳にして目覚めたのかもしれません。
無理やりこんな解釈をしなくても、じゅうぶんに魅力的な歌ではあります。

2首目。救い主がくりかえし現れるということは、
世界は救われないまま在り続けているということ。
破調でリズムは悪いですが呪文性のある歌で、
「なざれのまりあがまた子をなす」が胸に突き刺さってきます。

3首目。光射すものの羅列。人から動物、そして
新種の苔から共同墓地への展開が新鮮でした。
この歌では、ひらがなを多用した表記が成功しています。
詠われている光は、日の光というような目に見えるものではなく、
抽象的な概念の光というように思いました。
作者の祈りに近い思いを感じる作品です。

5首目。国家、民族、宗教……。「これがあるばっかりに……」
と思うものは世の中にたくさんありますよね。
人間はなんて愚かな生き物なんでしょう。

(9月18日記)

2003/08/15 (FRI)
▲Top

新田瑛さん
34番目に完走された新田瑛さんの100首より。

虹輪をからだに纏い空(くう)に浮くシャボンのように壊れてみたい (010:浮く)   

罪人を匿えば罪 愛人を匿うことが愛であろうか (025:匿う) 

太古より続く命の傍らでまだ海底(うみぞこ)に眠る遺伝子 (036:遺伝)

大いなる日本帝国傾きて南瓜の花の萎れるやうに (050:南瓜)

そうなのだ 琥珀なのだ生きるものを遍く包む春の光は (065:光)  新田瑛



1首目。雨上がりの空に浮かぶ虹はどんなに美しくても消えてしまう。
虹を閉じ込めて漂うシャボン玉もあっけなく壊れて消えてしまう。
その一瞬の美しさ、輝きにあこがれ、そんな風に生きたいと思う作中主体。
いい歌だと思ったのですが、わざわざ「空」を「くう」と読ませる意図が
よくわかりませんでした。「そら」で、というかそのほうがいいのでは。

4首目。「南瓜の花の萎れるやうに」という喩が絶妙です。
「日本帝国」、そしてそれを修飾する「大いなる」という
言葉に作者の批判精神を感じ取ることができます。
それとも、もっとサバサバとした諦観の思いでいるのでしょうか。
「傾きて」は、終止形のほうが歌全体がピシッと落ち着くように思いました。

5首目。「琥珀」「春の光」という温かみのある言葉を重ねて詠み込んだ人生賛歌の歌。
生きとし生ける物すべてが、こんな「光」に包まれていると考えてみるだけでも
なんだか心がポッと温かくなる作品です。新田さんの作品には、ほかにも
「光」という言葉が詠み込まれた歌がありました。

こどもらの夢は光に満ちていて近づく者が熱くなるのだ (095:満ちる)   新田瑛

(9月14日記)

2003/08/14 (THU)
▲Top

藤原龍一郎さん
33番目に完走された藤原龍一郎さんの100首より。

真夜中にふと思うゆえさびしきよ蓮池兄弟その兄のヒゲ (007:ふと)

そう「愛は不死鳥」だから布施明生まれ変われるなら布施明 (013:愛)

高き窓裏窓薔薇窓天窓と葛原妙子の窓は何処や (021:窓)

クセのあるペン字のハガキくれしゆえ高瀬一誌はインクの匂い (042:クセ)

言葉にも致死量の毒盛ることを太田光の猫背に誓え (065:光)

落書きは白いチョークのオバQか性器かせつなく夕日があたる (077:落書き)  藤原龍一郎



世界とは時代とは数限りなき固有名詞の羅列にすぎぬ  藤原龍一郎  

という作品がある藤原さんのマラソン100首詠、
固有名詞を詠み込んだ作品の数々、楽しみながら読むことができました。
何となくしか知らない、あるいは全く知らない人名が詠み込まれた歌もあり、
それはそれで調べればある程度わかるのですが、
時代背景がよくわからないということで作品に深く入り込めず、
そんな自分を悔しく思うこともありました。
読む人それぞれツボにはまる歌が異なるというか、
グッとくる歌(固有名詞)がきっとあることでしょう。

たとえば、僕の場合は2首目の布施明。
小学生の時、「君は薔薇より美しい」がCM曲として流れ、
大ヒットしていて、なぜか僕たち男の子の間ではブームでした。
歌唱力抜群で、突き抜けた明るさ、軽やかさのまま
能天気に歌いあげるラブソングに子供ながらしびれたものです。
といっても愛だの恋だの全然わからない時分で、単純に
この歌を聴くと元気が出るということだけで好きだったんですが。
今でもたまに布施明が熱唱しているのをテレビで見ると
「おー、相変わらず布施明やってる」と思ってうれしくなります。
「大都会」「異邦人」「魅せられて」……、
ほんとうにあの頃は素敵な歌謡曲がたくさんありました。
まだ洋楽は全然知らなくて、ゴダイゴの英語の歌がかっこいいなと思っていた頃。
あら、「君は薔薇より美しい」の作曲者はミッキー吉野だったんですね。

3首目。『薔薇窓』という歌集がある < 幻視の歌人 > といわれた葛原妙子。
この作品に詠われている「葛原妙子の窓」とは、
実際には存在しないものが見えてしまう葛原妙子の瞳をさしているのでしょう。

5首目。関西人の僕からすると「なんであんなのが全国ネットに出てるんだろう」
と思う関東のお笑い芸人が多いのですが、爆笑問題の太田光は大好きです。
あの毒舌、関西の芸人とはひと味違うでしゃばり方やおちゃらけ方、
猫背を含めた風貌全部がいいです。それと、どんなにふざけている時でも
彼の目からは、素の太田光が見えるんですよね。
こっちが白けてしまって笑えなくなってしまうというような
芸人・太田光を自分自身で一歩引いて見ているといった醒めた目ではなく、
彼自身の人間性が垣間見えるといえばいいでしょうか。それも魅力です。

6首目。今の落書きは、訳のわかからない文字や記号をスプレーで書き殴ったものが主流ですが、
これは子供たちがブロック塀に書いた60〜70年代の落書きのようなノスタルジックな感じがします。
薄く消えかかって「オバQか性器か」わからなくなっている落書きが
夕日に染まっているというのはほんとうにせつない情景です。

(9月2日記)

2003/08/13 (WED)
▲Top

ていだきねこさん
32番目に完走されたていだきねこさんの100首より。

乾坤のまっただなかで死ぬためにきれいなうちはただ妻でした (026:妻)

贅肉としてくつろいでゆきなさい故国はるかな有機物質 (039:贅肉)

夏ならば肩から肩へ宝玉のさ走るままに私は国家 (040:走る)

眼薬のしずくはほんのせつなだけ眼として生きる あおい天井 (079:眼薬)

フライパンしずかにまわす(そのような祈り)あぶらはうすい煙に (091:煙)  ていだきねこ



3首目。歌意はよくわからなかったのだけれども、とても惹かれた作品。
「宝玉」とは何だろう。汗のこと?、それともネックレス?
歌意のわかりにくさという点からいえば、歌の完成度はもう一歩なのかもしれない。
それとも僕の読みが浅いのだろうか。誰か、この歌の解釈について教えてください。
何もかもが開放的で強烈な眩しさでキラキラと輝いている夏という季節を
我が物のようにして楽しんでいるというような若さ特有の傲慢さを感じる歌。
もちろんその傲慢さが不快というわけではなく、羨ましく感じられるのだ。

5首目。フライパンに油を敷くという日常の家事作業から
「祈り」という宗教的行為への飛躍が印象的な歌。
ここで詠われている「祈り」には、曲私的なものは感じられない。
もっと全人類的・宗教的な「祈り」ではないだろうか。
そして作中主体は、その「祈り」に対して、
油が熱せられて白い煙となって消えていくような
虚しさをきっと感じているにちがいない。

(8月27日記)

2003/08/12 (TUE)
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篠田美也さん
31番目に完走された篠田美也さんの100首より。

休みなく岩に吼へては砕け散る荒ぶる神の北におはせり (009:休み)

その傷の深きに堪へて咲かむとす花をわたしの中に匿ふ (025:匿う)

一保堂の玉露をゆつくり淹れませうあなたを猫に変へた真昼に (031:猫)

墓洗ふ血族とふこと思ひつつそのほろぶ日のことを思ひつ (082:ほろぶ)

アトラスが天を支へているうちに僕等は種となつてまた会う (097:支)  篠田美也



1首目。冬の日本海を詠んだ歌でしょうか。
波を神に喩えて描写した神々しいまでの海の姿。
詠いっぷりの良い作品ですてきです。

ちょっと旧仮名表記の誤りが気になりました。
(正しくは、「吼えて」「支へてゐる」「会ふ」)

(8月17日選)

2003/08/11 (MON)
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夏瀬佐知子さん
30番目に完走された夏瀬佐知子さんの100首より。

突破口みつかりませんキャリアだけ積み上げられてがらんどうです (012:突破)

己から遠いところで泣いてみるすると近くが癒されてゆく (018:泣く)

実をもたぬ銀杏を愛でる秋の日は包まれるごと抱かれたきかな (085:銀杏)

鍵をかけ開かないことを確かめて歩き出すとき人形と思う (092:人形)

満ちてほしい何でもいいから残したいあふれかえって何でもいいから (095:満ちる)  夏瀬佐知子



2首目。映画を見たり、本を読んだりして感動して
涙を流すと癒されるということはたしかにありますね。

(8月17日選。10月26日コメント。)

2003/08/10 (SUN)
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佐藤理江さん
29番目に完走された佐藤理江さんの100首より。

水に浮く比重の軽さ人間は時に錘に頼りて沈む (010:浮く)

詩歌ともつかぬ言葉の羅列よりむしろ絶え間のなき警笛(クラクション) (023:詩)

来週も来月も来年も来るだけで明日ばかりはやけに明るい (038:明日)

底ひより湧き出づる泡そればかり鍋に煮てをり実りなき日に (043:鍋)

行間の重さに紙は耐へかねて文字の浮きくる歌集を開く (089:開く)

恋をする少女がここに担任の我にどうしてばらすのだらう (093:恋)  佐藤理江



2首目。とても印象的な作品です。
でも僕たちは、警笛(クラクション)を鳴らし続けたい衝動をおさえて
言葉を紡いでいくことを選択しているわけですよね。
だからこそ余計にこの歌が胸に響いてくるのでしょう。
この歌を目にしてから、題詠マラソンのみなさんの投稿歌を読んでいると、
時々頭の中に警笛(クラクション)が鳴り響いている感覚に襲われることがあります。

6首目のとまどい感にリアリティーを感じました。
女生徒は、担任教師に対してではなく同じ女姓として、
近所のお姉さんに相談を持ちかけるような気持ちで打ち明けたのでしょうね。
でも先生としては、立場上あまり踏み込んだ話もできない。
そんな自分にちょっと後ろめたさみたいなものを感じているのかな。

(8月16日選。10月8日コメント。)

2003/08/09 (SAT)
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遠山那由さん
28番目に完走された遠山那由さんの100首より。

女子社員用トイレの隅で声立てず泣く 蒟蒻が震えるように (019:蒟蒻)

いつどこのだれに都合のよいことを素直とよべばすなおになるの (022:素)

始めたら息絶えるまで終われないラジオ体操会場あちら (041:場)

蓋とれば父の内臓母の髪おとうとの足煮ゆる大鍋 (043:鍋)

抱く腕を求むるなかれ陽だまりに孵れ 蛇の卵のごとく (057:蛇)  遠山那由



3首目。不気味さと滑稽さが入り交じった歌ですね。
「ラジオ体操会場」とは、人生そのものとも読めるわけですが、
そう読まずに歌のとおりの情景を想像してみてもニヤッとしてしまう歌です。

4首目。ドキッとする歌です。この「大鍋」を掻きまわせば、
祖父母はもちろん、自分自身の身体の一部も見えてくるのでしょう。
そして、やがては自分の子供も煮えられてゆく「大鍋」。
「血縁」というものを考えずにはいられません。

リサイクルは煩雑である父を踏み母を十字にくくらねばならぬ  十谷あとり

という『ありふれた空』という歌集におさめられている
歌を読んだ時にドキリとしたのを思い出しました。

(8月16日選。10月24日コメント。)

2003/08/08 (FRI)
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五十嵐きよみさん
27番目に完走された五十嵐きよみさんの100首より。

八月は星にくわしい弟の背丈がわたしを追い越した月 (032:星)

あまりいい思い出はないふるさとの駅に喪服を下げて降り立つ (035:駅)

はつなつの海からあがったその足であなたの夢を訪ねてみたい (059:夢)

絶対に茶碗蒸しには種がある花麩の下に探れ銀杏 (085:銀杏)

なつかしいノート開けばいちめんに野に咲く花のようなひらがな (089:開く)  五十嵐きよみ



1、2首目の歌など、ストーリー性のある作品に魅力を感じました。
ここで挙げていない「大伯父」(036:遺伝)を詠んだ歌などを含んだ
家族、血族をモチーフとした五十嵐さんの連作をぜひ読んでみたいです。

5首目。部屋を整理していて、小学生の頃のノートが出て来たのでしょうか。
ノートを埋めるお世辞にも上手とはいえないはずのひらがなの文字を
「野に咲く花のよう」といったのがお手柄ですね。
懐かしさや思い出が、まるでお花畑一面にきれいな花が咲くように
甦ってきているのがこちらにもすごく伝わってきます。

(8月16日選。10月24日コメント。)

2003/08/07 (THU)
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蜜流あげはさん
26番目に完走された蜜流あげはさんの100首より。

大気圏抜けて宇宙へ飛び出せば沈んだ心も浮くのだろうか? (010:浮く)

葉がはえて光合成で生きれたら後ろめたさも感じないのに (015:葉)

野良猫のような自由が欲しかった たとえ車に潰されたって (031:猫)

「居場所なら作ればいい」と言う人におめでたいねと花束あげる (041:場)

こっそりと彼の心を覗いたらただがらんどう恐ろしかった (045:がらんどう)  蜜流あげは



1〜3首目のように「自由」や「居場所」を切実に求める歌、
そして、誰にも自分の思いを理解してもらえない
苛立ちを詠んだ4首目に惹かれました。

(8月16日選。10月26日コメント。)

2003/08/06 (WED)
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今岡悦子さん
25番目に完走された今岡悦子さんの100首より。

ひとしきり逢魔が時に赤子泣く 記憶の奥の誰に会うとて (018:泣く)  今岡悦子

2、3歳くらいまでの子にお母さんのお腹の中にいた時の様子や
生まれてくる時のことを訊ねると、もっともらしいことを答える子がいるようです。
ひょっとしたら、まだ言葉を喋ることのできない赤ちゃんは、
前世の記憶というものも持っているのかもしれません。
誰と泣く泣く別れて「私」のところへやって来たのか。
「逢魔が時」という語句の選択も成功しています。 

方言の飛び交う下宿の闇鍋にあれから何をいれただろうか (043:鍋)  今岡悦子

学生時代の懐かしい思い出。
「闇鍋」というのは、各自が持ち寄った材料を鍋にして
真っ暗な中で食べるというもの。食べ物でない物が入っていたり、
箸でつかんだ物は絶対に食べないといけないとか、
話ではいろいろ聞きますが、僕は経験がありません。
「あれから」という語句には、
「卒業後」というニュアンスも少し感じられます。

東(ひんがし)の空白むまで梢ゆれ森の円卓会議終わらず (084:円)  今岡悦子

何について議論しているのでしょう。
議論に加わることもできないまま、眠れない「私」は、
夜通し風が梢を揺らす音を聞いている。

このばかのかわりにあたしがあやまりますって叫んだ森の動物会議  穂村弘

という歌を思い出しました。

人形(ひとがた)に祈りお払いするという 我が埒外のことが粛々 (092:人形)  今岡悦子

宗教的な儀式というのは、「人間」の核となる部分が
最も表れるもののひとつだといえるでしょうか。
「我が埒外のこと」として見ていても非常に興味深いものです。
(そう見ているからこそというべきでしょうか。)

かさかさのかかとをこする軽石は火にまみれいし過去は語らず (099:かさかさ)  今岡悦子

軽石の一生というのも数奇なものですね。
まさか人間のかかとにこすりつけられるとは思っていなかったでしょう。
物言わずじっと耐えている軽石の姿に、
作中主体はシンパシーを感じているのかもしれません。

(8月13日記)

2003/08/05 (TUE)
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こはくさん
24番目に完走されたこはくさんの100首より。

吸って吐く溜息代わりのハーモニカ酸素足りなくなるその日まで (008:足りる)

手を繋ぐ指を絡める腕を組む愛情表現奏でる骨 骨 (013:愛)

敵なのに逃げも隠れもしないから素敵という字はなおさら素敵 (051:敵)

わからないことだらけです一瞬で麦茶を麦/茶にできないような (054:麦茶)

眼は目より偉そうだから仏像にさすめぐすりは眼薬とせよ (079:眼薬)  こはく



1首目。ため息をつきたくなると、ハーモニカを手にするんですね。
たった一つの音階を吸って吐いて吸って鳴らしている「私」。
その間の抜けた音を部屋中の酸素がなくなるまで空しく
鳴らし続けるという絶望感いっぱいの歌ですけれど、
きっといつもそうやって立ち直っているんでしょうね。

警察犬さえ見逃すわこの部屋に君が残した二酸化炭素を (022:素)  こはく

こんな「二酸化炭素」の歌もありました。別れた彼への未練。
やっぱりハーモニカを手にするのかな(笑)。

2首目。涼しげで透明感のある音で鳴る備長炭で作った風鈴のように、
美しい音楽を奏でる恋人たちの骨と骨をイメージしました。
「手を繋ぐ」「指を絡める」「腕を組む」というスキンシップ、
肌と肌との感触、温もりを恋人たちは求めるんだけれど、
実際に目にしない皮膚の中の骨や内臓については考えたりしないですよね。
目に見えない相手の心の中のことはいろいろ考えたりするのに。
この歌とは逆に、

頭蓋骨奪われ心もとなげな顔をしているへのへのもへじ (060:奪う)  こはく 

というユニークな歌では、骨を奪われてしまった肌(表情)が詠まれています。

3首目。全然、こっちのことを意識せずに無防備に見せる
その「素」顔が「素」晴らしくて「素」敵。いっその事、
目の前から消えて居なくなってくれたらいいんですけどね。

4首目。目の前の麦茶を「麦」と「茶」にする。
言葉の上ではすごく簡単にできたり、
頭の中ではまともに考えたりできることを、
実際に行うとなると難しいのはなぜなんでしょうね。
というか不可能なことのように思えて
絶望的になることの方が多いですよね。
たとえば、世界平和とか。

5首目。命令口調が、この歌のおもしろさを増幅しています。
今日は奈良東大寺の大仏様のお身拭いでしたね。
目薬はささなかったでしょうけれど。

(8月7日記)

2003/08/04 (MON)
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和良珠子さん
23番目に完走された和良珠子さんの100首より。

密やかに肉の器にあふれゆく紅天狗茸紅天狗茸 (016:紅)  和良珠子

「紅天狗茸」といえば見るからに毒々しい毒キノコ。
その「紅天狗茸」を比喩的に詠み込んで、人間の身体の中に
密かに満ちてくる「毒」的なものを表現した歌と読みました。
「紅天狗茸紅天狗茸」のリフレインによって、毒の満ちてくる不気味さとともに、
みんなが持っている人間の「毒」の部分を強く浮かび上がらせた作品になっています。
周りの環境に人間が毒されているのか、人間が周りを毒しているのか……、
思いを巡らしみたかったのですが、「肉の器にあふれゆく」では
外部からというニュアンスのほうが強いでしょうか。
「あふれゆく」は「満ちてくる」のほうがいいかなと思いました。

二つ折りの身体を更に四つに折り二十歳に戻ったハルモニは泣く (018:泣く)  和良珠子

「ハルモ二」は、ハングルで「おばあちゃん」のこと。
「二十歳に戻ったハルモニ」ということは、従軍慰安婦を題材にした作品でしょう。
「二つ折りの身体を更に四つに折り」と、年老いた彼女たちの悲しみや
やりきれない思いを見事に表現しています。お題「泣く」を非常に巧く処理した作品です。

その猫はアルミの鈴を下げていた なくした子宮と同じ重さの (031:猫)  和良珠子

この猫は、動物病院で不妊手術を受けたのでしょうか。
一読して「アルミの鈴」の軽やかな音をさせて歩いている
憂えを帯びた猫をイメージして惹かれた歌です。
でもよく考えてみると、子宮と同じ重さの鈴って相当な重さでは?
(猫の子宮の重さがどれくらいあるのか知りませんが。)
それと、自分の飼い猫でも野良猫でもなさそうですが、
「その猫」とはどこの猫なんでしょう。その辺の曖昧さが気になりました。

目にみえぬ折り線に沿って非のうちどころなき姉の折り鶴 (047:沿う)  和良珠子

几帳面できっちりとした性格の姉。姉妹でも性格は全く異なっていて、
作中主体の妹は、小さい頃からずっと姉に対して複雑な気持ちでいるんでしょうね。
自然に「5・7・0・9・7」というリズムで読んでいて
あまり気にならなかったのですが破調の歌だったんですね。

人間が得点となるスポーツは野球だけだと煽る君が好き (056:野)  和良珠子

「人間が得点となるスポーツ」という把握がこの歌のポイントでしょうか。
それと「煽る」というのもこの歌のポイントかと思うのですが、
この部分が(この語が最適かということも含めて)いまひとつよくわかりませんでした。
野球の場合は、ホームランを打ってもグラウンドを一周するんですよね。
あれは儀式みたいでなかなかいいものです。ところで、ラグビーやアメフトのように
ボールと一緒に敵陣に突入して得点する球技は、なにか悲壮感みたいなものを感じませんか。
攻守それぞれ細かく専門化されているアメフトもおもしろくて好きなんですけどね。

(8月3日記)

2003/08/03 (SUN)
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Writer: 伊波虎英(旧・神崎ハルミ)